第114話 偉大なる凡人

文字数 1,164文字

 お化けになる日……息子が小学校の時に入っていたサッカークラブで、コーチが話したことが印象的だった。まだ、4年生の男の子。蹴っても蹴ってもボールは飛ばない。それが、いつか飛ぶ時が来る。超える時が来る。
 それを、お化けになる日、とコーチは話した。
 
 息子はサッカーが好きだった。夫の影響か? 
 夫は中学時代、県大会まで進んだことが自慢だ。同じ町に日本代表になったゴールキーパー、田口光久さんがいた。同じ歳で、対戦したことがあるのが自慢だ。
 亡くなったが、町の英雄だ。しかし、子供の頃は、畑にゴールを作って……しょっちゅう飛んでいた。特異に見えたらしい。バカと天才は……
 彼がゴールの前に立つと、入る気がしなかったという。1度だけ、勝った。勝って県大会に進んだ。勝った時、先生は喜んで皆にうどんをご馳走してくれた。

 息子は日曜日は朝から練習があるから、前の日は好きなテレビも見ないで早く寝た。しかし、好きと上手は違う。あとから入った子に抜かれ、試合にも出られなかった。

 中学でも続けたが、前後半続けて試合に出ることはなかった。最後の試合でも前半が終わると、先生に肩を叩かれ交代した。本人は満足していた。
 今、小学生になった孫が夢中になっているという。

 高校に入ると、釣り同好会なるものに入り生涯の趣味を見つけた。やがてそれは仕事になった。息子は毎日夜明け前に船に乗る。客に大物を釣らせるために。釣り番組には何度か出た。タモを持つ手だけだが。今年は某人気番組のグループも船に乗る予定だ。

 私はなにをやってもだめだった。極めない。姉は一緒に始めた水泳を続けている。もう、何キロも泳げるという。私はようやく25メートルを泳げるようになった時に、いろいろあって辞めてしまった。続けていたら、泳げたのだろうか?
 お嫁も、水泳はバタフライも得意らしい。息子に話していた。
「陸の上とは違うよ」

 ゴルフは1年半続けているが、まだ飛ばない。本当に飛ばない。豪快な美容師さんは、若い時、ソフトボールをやっていた。海辺の街の出身だから、サーフィンにのめり込んだ。ゴルフは、打ちっぱなしに1度行っただけだが、当たれば飛んだそうだ。私はキャッチボールも届かなかった。いつか飛ぶ日が来るのだろうか? お化けになる日が?

 ピアノも諦めた。10年やっても、20年やっても上達しない。孫がまた習い始めた。別の先生のお宅のグランドピアノ……もう1度、先生について習ってみたいとは思うが。グランドピアノで弾いてみたいとは思うが……いや、もううちのピアノ持っていって! もう聴くだけでいい。

 そんなことを話すと、豪快な美容師さんは、偉大なる凡人、と言う。何をやっても、平均点。仕事も家事もスポーツも。それはすごいことなのだと。ひとつのことを極めなくても、母は偉大なのだ。

 
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