第134話 口の利き方を知らない

文字数 1,175文字

 某ブティックに凄腕の店長がいた。売り上げがすごい。最高の接客をして、買っていただく。固定客が数人いた。熱烈な店長のファン。開店から20年。せっせと買い続けている。家1件買えるくらい使っただろうに団地に住んでいる。

 新人のスタッフは研修期間の3ヶ月が終わっても更新せずに、どんどん変わっていった。○が入った時、他のふたりも新人同様だった。半年も経っていない。本部のマネージャーは店長に言った。
「いやなら、変えますから」

 ○はよく店長に注意された。口の利き方を知らない、と。
 社長からの電話。
「店長いる?」
「はい、おります」
と言ったらあとで怒られた。
「いらっしゃいます」
と言うらしい。自分も母親に注意されたそうだ。それからは、
「はい、いらっしゃいます」
 社長もご存知だ。微妙なニュアンス。皮肉な嘲笑。君も大変だな……
 大変なのは、おだてられ、会社のために売った店長だ。

 お客様の姓を間違って書いていた。片山を庁山とDMに書いていた。素敵を素的と書いていたが、誰も注意できなかった。片山様本人も店長には言えなかった。ある意味すごい人だった。

 面白かったのは、真顔で客に聞いた。
「総裁選、誰に入れます?」
 聞きかじりで、知ったかぶり。恥をかかせないよう気を遣った。新しいスタッフが入ると言った。
「気を遣ってくださいね」
 全然ダメなスタッフもいた。お喋り。聞いてはいけないことを聞く。帰り、彼氏が迎えに来ている。目立つベンツで。周りの酒屋でも、八百屋でも知らないわけがない。それでも気がつかないふりをしなければならない。
 彼氏は、客の友人だった。客は自慢げに紹介したら店長に入れ上げてしまった。なんと言っても魅力的な方だから。本人は、誰より若く、誰よりスタイルが良く、色が白く……ご自分で言う。魔性の女と。
 客は2度と店に来なくなった。携帯に無言電話がかかってきて、店長は○のことも疑った。別の客のことも疑い憤慨されていた。

 おしゃべりなスタッフは辞めさせられた……辞めさせるわけにはいかないから、辞める方向に持っていった。怒ったスタッフは来なくなった。

 二十歳で母を亡くした◯には、母親代わりだといろいろ教えてくれた。時代の流れとは逆の年賀、中元、歳暮、誕生日は、その度差し上げるものなのだ。旅行すれば土産を。店長はじめお客様にも。

 妄想癖、虚言癖。自分が一番。店長の母親はいつのまにか英語がペラペラに、家のテレビは超大型。孫は学校でトップの成績。偉いと思ったのは、嫁の悪口を言わなかったこと。嫁を褒めた。嫁はやり手だった。店長の上をいっていた。
 おかあさーん、と、孫を連れて店に来る。スタッフは子守りをさせられた。ガラスケースのある店内で走り回る。怖くてしょうがない。おばあちゃんは、店の経費で高級和牛だの果物だの買って持たせた。領収書は、お客様の名前。
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