第16話 学歴

文字数 968文字

 高校1年の1学期で中退した**。父親の死で学業放棄を余儀なくされた彼は数度の転職ののち、某会社に入った。履歴書には高校中退と書いた。
 彼は頑張った。朝早く出社していた。満員電車が嫌だと言って。
 頑張って課長にまでなった。やがてその会社は上場した。
 その頃にはもう大卒しか募集しなくなっていた。

 酔うと話す。退職して20年近くたつが。
 尊敬してます。**さん。
 
 ○は中学を卒業すると田舎から東京に出てきた。その頃はほとんどのものが進学した。最初の工場は、定時制の高校に通わせてくれるはずだった。しかし2交代、夜勤もあった。まあ、未成年でも酒も飲んだ。無免許でバイクを運転した。無鉄砲だが楽しかった。

 何度か転職した。水商売もやった。田舎にもしばらく帰らなかった。母が、どうやって探したのか電話がきた。
 まじめにやらねば……面接に行った小さな印刷会社。社長は東北人の頑張りを認めてくれた。小さな工場は少ない人員で大きな利益を出していた。
「もう少し頑張れば、ボーナスが立つよ……」
40年前の25歳くらいの時。現金でいただいた頃の話。腹巻きをしておなかに隠して帰って来た。

 頑張った。頑張った。残業、休日出勤当たり前。3人目の子供の学校なんて行ったことない。そう思って休暇を取り、高校の卒業式に出てみたら、生徒の態度の悪さに怒っていた。

 ○は高校も行けなかった。もちろん大学も。会社は大きくなり工場を増やした。工場長になれと言われた時には断った。上に立つような柄ではない。縁の下でコツコツやるのが合っているんだ。人前で話すのは苦手だ。低音の声は聞き取りにくい。男の低音は魅力だが。
 
 工場長になった。社長はいろいろな講習に行かせた。講師はテレビに出る人だ。泊まり込みの講習。皆大学卒。かなりのコンプレックスが……

 彼は印刷の技術は追求した。クレームが出ると悩んだ。わずかなクレームでも。
 専門書に数ページ執筆したこともある。定価ン万円の専門書。
 スピーチも上手になった。結婚式に呼ばれると妻を相手に練習した。やがてスピーチは苦にはならなくなったという。


『社長は私に苦手なことをやらせた。営業、会計、発表、スピーチ。いろいろな講習を受けさせた。高学歴の者ばかりが参加する……学歴など、口にしなければわからない者たちが口に出して私を見下した』

 




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