第47話 女友達 4

文字数 1,175文字

 中学2年の時に同じクラスになったNさん。背が低く眼鏡をかけていた。きれいとか、かわいい部類ではないだろう。頭が良かった。特に国語と社会、歴史の知識はすごかった。それと歌。国語の時間になぜか、歌の話になった。よくは覚えていないが、彼女はペルシャの姫がどうの……と話をし、先生に歌ってみろ、と言われ歌い出した。ステンカラージン。恥ずかしがりもせず堂々と。コーラス部だった。
 斜め前の席の彼女は、紙に書いた詩を私に見せ暗唱した。
 君死にたもうことなかれ……
 私も真似をした。
 君よ、知るや南の国……

 詩や小説の好きなふたりは親しくなった。ユニークな人だった。50年前、私は尾崎紀世彦に夢中だった。彼女は森進一。それがまたおかしかった。巨人の柴田が好きだった。姉は堀内が好きだった。私にはどうでもいいことだったが。
 彼女は駅前の本屋で立ち読みをした。少年マガジンのあしたのジョーと巨人の星。その間私は待っていた。同じ方向の電車で帰った。ホームのベンチに座り話した。電車は何台も通り過ぎて行った。あれほど語り合った人はいなかった。
 長い休みには彼女の家で勉強した。1駅先の駅から歩いて5分くらいの大きな家。応接セットがあった。強烈な印象だった。いまだに覚えている。飛騨の家具。憧れだった。ずいぶん後に調べてわかった。最近ようやく買った。穂高のロッキングチェア。それを娘達は言った。
「昭和のおばあちゃん」

 Nさんの家は麦茶を沸かしている香りがした。おかあさんの手作りのケーキが出てきた。50年も前だ。菓子作りの本もそれほど出てはいなかった。Nさんが手動のコーヒーミルで豆を挽きコーヒーを淹れてくれた。今思うとかなり薄かったのだが、生活レベルの違いを感じた。うちのおやつはふかし芋。蒸し器を開けるとジャガイモまで入っていた。

 Nさんとは別の高校だったが時々は会っていた。おとうさんが亡くなると千葉へ引っ越していった。フランスに留学し、戻ると神田の本屋で働いた。本に囲まれていれば幸せだと言う。
 私は就職して、社交ダンスを習い、会社の馬術同好会に入っていた。歴史とフランスの好きな彼女は羨ましがっていた。
 彼女は私の結婚式に、ひとりで歌をプレゼントしてくれた。当時はまだ知られていなかった長渕剛の乾杯。アカペラで長い曲を最後まで。コーラス部にいた彼女は上手だった。歌が大ヒットしたのはあとのことだ。
 
 いつのまにか年賀状も絶えてしまった。
 息子の家に行く途中、Nさんが越して行った地名を通る。会わなくなって40年が経つ。会ってみたいと思う。ネットで検索してもヒットしない。彼女が好きだったのは三銃士のアトス……
 会いたいな、と思う。話したい。私はずいぶん本を読んだ。詩も読んだ。歴史も中国のは詳しいよ。ドラマ観てるから。驚くだろうな。文章を書いてるなんて知ったら。



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