第92話 上から見ないで

文字数 1,127文字

 ブティックで働いていた頃、美しい背の高いスタッフが、かがんだ時に叫んだ。
「上から見ないで」
白髪ではない。カラーが落ちている部分を見られたくないのだ。カラーは3週間に1度。
 20年以上経つがどうしているだろうか? 美しい髪は健在か? 

 姉は比較的早い時期から白髪が出て気にして染めていた。3週に1度。私はひと月に1度だが、気にする人は3週で染めるようだ。姉は独身の時から美容には手間と金をかけていた。顔のマッサージは毎日。旅行でも欠かさない。馴染みの化粧品屋へは月に1度。マッサージをしてもらう。美容にかけた金は私とは比べ物にならない。トリートメントにシャンプーも高価なもの。美容院も頻繁に。
 なのに、オシャレなのに可哀想なくらい髪は薄くなっていた。ある日、デパートについて行った。ウィッグの販売。大勢来ていた。女性用なのに夫婦で来ている方もいた。旦那様が気にするのか? 奥様にはきれいでいてほしい、と。

 担当の店員さんは綾小路きみまろさんのように話がお上手だった。あれやと思う間に、頭の大きさに器具があてがわれ、合わされお買い上げ……ン十万円也。でも、さすがに素敵だった。アフターケアも素晴らしい。毎月提携美容院で丁寧に地毛もトリートメントしてくれる。旅行の多い姉は上手に使いこなしていた。

 実は、私も勤めていたブティックで販売した時、価格は姉が買ったものほど高くはなかったが、売れなければ、ひとりひとつよ……と言われ購入していた。スタッフ全員が買わさ……購入した。それが当たり前の世界だった。コートや靴や、バッグならまだしも、娘の成人式の着物や、はたまた、イベントの高級ワインには付き合いましたが……ウィッグは……いらなかった。ましてや、夫には内緒。置く場所にも苦労する。
 クレジットを組んで買った未使用のウィッグは、必要な方に譲ってしまった。

 施設の高齢者は、ほとんどの方は染めていないが、なかにはいらっしゃる。90歳過ぎても黒々と染めている方が。カラーで痛め続けるからぺたんこだ。もう、自然に任せたほうがいいのに。
 染めなくなると髪は元気になる。姉もグレイ・ヘアにしてからはボリュームが出てきて驚いた。

 さて、問題は自分だ。幼い頃からずっと横分けにしていた。ひと月たつと白髪の道ができる。分け目を変えても、逆向きにパーマをかけても、苦労してブローしても、時間が経てばくっきり分かれる。
 娘たちはどうなるのだろう? 若いうちから相当痛めつけた。自分で染めたり脱色したり、母より早い時期に悩むのではないのか?

 夫は黒い。羨ましい。体中悪いところだらけなのに。義父は禿げていたのに。髪だけは黒い。白髪はあるにはあるが。ストレスは髪には出なかったようだ。
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