第146話 責任感 2

文字数 1,036文字

 以前働いていたブティックの夢を見た。高圧的な店長の元で14年働いていた。辞めて7年経つのにいまだに夢を見る。店で働いている夢。理不尽な態度を取られた。夢の中では言い返している。言い返しながら、たいへんなことをやってしまったと思っている。

 まだ景気の良かった時代のブティック。力のある店長だから気に入らなければスタッフは次々変わった。残ったものは自分を殺せる者。
 よく娘に言われた。
「辞めちゃえば?」
 この娘は派遣社員で定着しなかった。まだいくらかいい時代で時給も高かった。無責任極まりない娘は言った。
「いやなら、行かなきゃいいじゃん」
 今ではよく結婚生活が続いていると思う。さっさと実家に帰ってくるか、子供を置いて出ていくのではないか? くらいに思っていたのだ。

 それに比べて母は辞められない。出ても行けない。ブティックではふたりシフトだ。休んだのはインフルエンザに罹ったときと更年期のめまいで、朝ジェットコースターのように天井が回っていた時。それさえ店長は甘い! と言った。
 偏頭痛の時は薬を続けて飲んだ。トイレで吐いた。腹痛の時は、相手がスタッフだったから、客がいない時はフィッティングルームで座らせてもらった。精神力の凄さを我ながら感心した。たかだか週3日のパートだったが。

 ブティックでは店の服を着ていなければならない。毎月買うのだ。パートの収入の3割くらい。世間知らずだった。入る前に言ってくれたら……それに、売り上げがなければレジはゼロでは閉められない。自分たちが順番に買うのだ。そこに入ってしまえば当然のこと……
 いまだに夢を見る。レジが動かない夢。

 売れているうちは良かったが売れなくなってくるとスタッフは客だ。売れないから高額の宝飾を販売する。売上のために自腹を切る。なんのために働いているのかわからなくなっていく。ひとり辞めたが補充はなかった。朝からひとりの勤務。シャッターを閉めて銀行へ行く。昼は弁当を食べる。客は来ない。
 ある日ファックスが来た。

 倒産!

 もうひとりのスタッフと喜んでしまった。自分からは辞められなかった。それが良かったのかはわからない。

 娘が短期間勤めた大手の紳士服メーカーもそうだった。年に2度は家族を招く。こちらも娘が働いているから買ってあげねば、と思う。まだスーツは必要だったが散財した。ノルマがあったのでやはり自腹を切っていた。
 ハイヒールを履いているから巻き爪に。その治療にも金がかかる。
 娘の決断は早かった。


 

 
 

 

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