第147話 ふたつの老い

文字数 1,551文字

 マンションの理事は各階からひとりずつ、順番に回ってくる。うちの階は7年に1度。しかし、築40年近く経つと、最初からの住人はもう高齢だ。理事もできなくなってくる。そこで、理事会も委託できるようになるらしい。1世帯ひと月千円くらいの負担。年間でマンション全体では50万円ほどの負担になるという。
 ふた月に1度の約2時間の理事会。それに出られないがための出費だが、いずれはそうなるのだろう。うちの次は隣の認知症の旦那さんの番だ。無理だろう。娘さんも出てこないだろう。ひどい時は理事長と管理会社の担当者だけだったこともあるという。もはや理事会として成立しない。

 結婚当初は夫の風呂なしのアパートに住んでいた。銭湯に通ったのも懐かしいが、子供ができ、たまたま入ってきたチラシを見てマンションを購入してしまった。5階建35戸の小さなマンション。夫婦とも20代半ば。夫の会社の経理に相談したら、「おまえ、勇気あるなあ」と言われたとか。
 支払いはきつかった。金利は5、5パーセントの時代。最初に苦労しちゃおうね、と会社から借りた分を短期ローンにした。子供は増える。交際費は増える。おまけに修繕費が早い時期に値上がりした。先を見据えてのことだ。今となっては良かったと思うが当時は大変だった。そのおかげでうちのマンションは大規模修繕も計画通り実施でき外観もきれいな方だ。
 知り合いのマンションは駅のそばだが手入れがさせていない。資産価値はどうだろう?
 しかし20代で購入したので建て替えが心配だ。マンションの耐久年数は伸びてきたという。60年といわれたが、修繕計画は30年先までできている。それでも生きていたらどうしよう?

 新築で購入したふたりの奥さんがいる。私よりたぶん10以上歳上。今ではおそらく70代後半。総会のたびにおふたりは出てきて発言していた。苦情も言っていた。怖いくらい口うるさいおばさん……40年の時が過ぎ、おひとりは相変わらずふくよかで元気そうだ。来季の理事だと張り切っている。もうひとりは出て来なかった。最近では会うと娘さんが付き添って、手押し車を押している。旦那様はウォーキングをしていて見た目は若い。もう夫婦には見えない。
 この奥様おふたりの違いはなんなのだろう? 内情は知らないがあまりに歳の取り方が違う。

 1年の理事が終わり今日は10時からマンションの総会だった。2ヶ月に1度の理事会は日曜なのに夫は出勤が多く、仕事のある私が30分早く終わって帰って出た。
 場所はエントランス。出席者は少ない。委任状多数。柴犬とともにご出席の男性がいた。このマンション、最初はペット禁止だった。いつからか1匹だけは良くなった。高齢者にペットはいいと思うが総会の2時間の間も置いてこれないのか……おとなしくてかわいかったが。
 ひとり口うるさいご主人がいる。毎年のことだ。管理会社の女性は毎年質問攻めに合う。重箱の隅をつつくように見下した話し方。大変だと思う。女性はだんだん体格が良くなっていく。夫が言うにはストレス太り……聞いていて、「うるさーい」と言いたくなってしまう。
 この担当の女性に変わってからは長い。孤独死があった時も立ち会ったそうだ。あの孤独死は知る人しか知らない。話題にもならなかった。すぐに新しい老夫婦が越してきたし。
 その隣の部屋では水漏れが……半年経ってもリフォームされない。住んでいたのは持ち主から借りていた方。保険の問題か、リフォーム会社の手配か、よくわからないが管理会社の女性は平身低頭。
 そんな時にエレベーターが降りてきた。出てきたのは隣の旦那さん。認知症の旦那さん。嬌声あげて皆が座っている横を通っていった。あの方、理事なんですが……新しい理事さんは耳も遠く、入浴もしてなさそう。
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