第98話 面白いおねえさん

文字数 1,716文字

 姉が『よみい』に夢中だ。今回は長い。コロナ禍でも行ける限り聴きに行っている。抽選とか、ネットの有料のコンサートとか、パソコン苦手の年寄りが必死だ。
 自分で楽しんでいる分にはいいが。我が家に来ると私のiPadで聴かせたがる。説明する。いいのよ、かわいいのよ、ああなのよ、こうなのよ……
『香水』『白日』『名探偵コナン』『鬼滅の刃』まで、『よみい』の曲から興味を持つ。
「知らないの?」
と、私をバカにした。知りません。『香水』も『白日』も。
 
 70過ぎた女が20代の男に夢中。姉にはいつでも夢中な男がいた。若い頃は舟木一夫。巨人の堀内恒夫。そのあとは五木ひろし。この時は一緒に引っ張っていかれた。新宿のコマ劇場。ずいぶん並んだ記憶がある。私が好きだったのは尾崎紀世彦だったのに。

 最近(?)はヨン様に。あとは、『24』じゃなくて……『プリズンブレイク』の男優。出始めの頃は夢中だった。携帯の待ち受けにしていろいろ説明した。ゲイだとカミングアウトされてショックを受けていた。
 『プリズンブレイク』は名作だった。続きがなければ……ね。辻褄合わせの続編。全部観たけど。
 姉は結末を言う癖がある。
「最後、死んじゃうのよ」
やめてよ、それ! 
 まあ、そのあと、生きていたことにしたけどね。シャーロック・ホームズみたい。
 『鬼滅の刃』の最後も、私は興味がないからいいけど、娘たちに口走っていた。最後……なのよ。

 姉は海外ドラマに夢中になっていた。『24』は、まとめて借りて翌日返す。そんな時に電話をすると怒られた。熱しやすく冷めやすい。家具と習い事も次から次……やりかけの編み物も刺繍も回ってきた。まだ新しい家具や服はありがたかった。義兄はよく冗談で言った。
「よく、オレは捨てられないな」

 姉は楽観主義だ。過去に乳がんを疑われた時も、心配した私よりケロッとしていた。
「なるようにしかならない」
ただ、潰瘍性大腸炎になってから、薬のせいか、味がわからなくなったと残念がる。

 歳をとると姉妹がいるのは心強い。買い物、旅行は一緒に行かれる。本好き、ドラマ好き、余裕があるのでどんどん本を買う。回してくれる。『ミレニアム3部作』の続編。作者が亡くなった後でも、別の方に引き継がれた。
 ジャズやクラシックや映画音楽のCD。結局、ものにならなかった英会話の教材。この間はフルトベングラーのCDセットをいらないかと電話してきた。残念だがもう我が家にプレイヤーはない。あ? 今のはDVDデッキでも聴けるのか? でもいらない。携帯のサブクリで充分。物は増やしたくはない。

 姉は、私を褒めない。自分のほうが顔もスタイルもセンスも料理の腕もいいと思っている。子供がいないので若く見られる。6歳下の妹より若く見られたと喜んでいた。金かけているもんね。最近はグレーヘアにしたからさすがにそれなり……

 姉は私が何を作っても褒めない。この間は私が作ったうどんを黙して食べて、夜になるとメールしてきた。
「あのおつゆ、なに使ったの?」
「あれは4倍濃縮の市販品。でもね、肉や野菜たくさんいれるからおいしいのよ」
母のうどんはいつもそうだった。夏に冷たい冷麦を食べたくても、具沢山の熱いつけ汁。それが懐かしくて作るのだが、娘が来た時にはリクエストされる。

 姉は親の死目(しにめ)に逢えなかった。結婚して、まだ電話を引いていなかった時、母は心不全で亡くなった。姉は義兄と映画を観に行っていた。虫の知らせがあったらしい。観ないで帰ると言い張り義兄を怒らせた。帰ると電報が届いた。
 義母が亡くなった時は海外旅行をしていた。連絡が入りツアーから抜け、なんとか帰ってきた時には葬儀は終わっていた。姉は次の日熱を出した。

 姉は母が生きている時に嫁いで行った。妹とは違う。妹は苦労したのよ。父がどうしようもなくなって、亡くなるまでは長かったね。約25年。どんなに父が若い時苦労したって、終わりひどければすべて悪い。いまだに私は思い出したくない。
 今、周りでは親の介護に悩んでいる人が多い。兄弟姉妹の関係も険悪に。そんな時もあったけど。
 私たちはどっちが先に逝くだろうね? 連れ合いがいなくなったら、一緒に住もうかね?

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み