第50話 漫画家

文字数 677文字

 ブティックに勤めていたある夕方、ひとりの女性が飛び込んできた。
「漫画家のサイン会に行くので服を……」
 ちょうど店長がいた。店長は魅力的だ。服が好きだ。姿勢がいい。かつてチェーン店全体が制服になったときも、断固拒否したという。おしゃれしたくてブティックで働いているのだから。
 暇なときは姿見を見ている。前も後ろも横も頭頂部も。私より10歳は上だが、ご自分ではそうは思っていない。
 自分がいちばんきれいだ。目立つ。肌も足もスタイルも……華がある。
 自信のかたまり。うらやましい。

 サイン会に行くという方は上から下まで店長の言う通りに買っていかれた。
 その方はその後、何度かいらした。実はその方も漫画家だったのだ。のちにドラマ化もされた。その方は主演女優とのツーショット写真を見せにきて、単行本を置いていった。
 ドラマは評判になった。自閉症の息子のドラマ。店長は店のカウンターに漫画本を置き、訪れる客に宣伝していた。無名の頃、自分が服を見立ててあげたのだと。
 その方は忙しくなったのだろう。それから見えなくなった。有名になったのだ。DMは出していたが2度と顔を見ることはなかった。
 今調べると、漫画は200万部以上の売り上げ。もう、こんな小さな店ではなく都心の高級ブティックで買えるほどの収入もあっただろう。

 私は漫画もドラマも少し観ただけだった。やがてその方の話題は出なくなった。
 何年かしてふと調べた。
 その方はすでに亡くなっていた。病気で。漫画は未完のままだ。急逝のため連載終了。

 このドラマもおそらく再放送はされないだろう。パパ役の役者が不祥事を……
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