第73話 親友

文字数 1,708文字

 互いに地方から出てきた。河辺は東北、八女(やめ)は九州。気が合った。八女はコックだった。河辺はその店でバイトしていた。
 八女が愛した女に振られた時、電話が来たそうだ。
「あいつを殺して俺も死ぬ」
河辺は飛んで行ったそうだ。八女は部屋で酒を飲んでいた。何十年も経つと、再会するたび、酒を飲むたび思い出す笑い話だ。
 八女はその女に未練が。辛くて辛くて、なぜか競馬で借金を作った。

 (みやこ)が河辺と知り合った頃、八女を1番に紹介された。親友だと。大事にしろと。バカをやっていた時代の親友。コックだから話題はある。遊びに来ると、コック相手に都は料理を作りご馳走した。アドバイスしてくれ褒めてくれた。

 そのうち八女は年上の彼女と同棲したから、お祝い持って遊びに行った。10も年上の彼女。八女が借金返すために、バイトしていたスナックで働いていた女性……ふたりは酒を飲むと下ネタばかり。
 その彼女から河辺に電話が来た。金を貸してくれ、と。八女は彼女がスナックで働くのを嫌がる……八女に内緒で貸してくれ、と。河辺は了解した。了解したが金はない。給料日前だったのだろう。彼は都に頼んだ。都は質素だったから5万くらいはある。駅まで届けた。八女の彼女は瞼を青くしていた。殴られているようだ。金を渡して帰ってきた。
 そのうち別れた。別れる時に金を借りたことを話したそうだ。迷惑をかけた、と八女は謝ったが返しはしない。河辺も返せ、とは言わない。

 八女は某ホテルで働いていたので、河辺と都の結婚式はそこで挙げた。かの有名な○○ステーションホテル。今では無理だ。手が届かない。
 安くしてくれた。借金帳消し、お釣りがたくさん……挨拶をしてくれ、皆の前でキスさせられた。八女は鳳凰の氷の彫刻を彫ってくれた。皆褒めていた。

 結婚式で都の親友と親しくなった。早かった。ふたりで新居のアパートに来た。狭いアパートに泊まっていった。うまくいくかと思ったがダメだった。彼女の父親が反対して……ダメだった。
 八女はよく泊まりに来た。新婚の狭いアパートに。手ぶらで来て、ビールは飲み放題。うんざりした。都の親友は高嶺の花だったと、未練たらたら。

 それでも仕事は真面目にやり、借金も地道に返し、中古の小さなマンションを買った。
 勤め先をよく変わった。沖縄の女性と結婚した。マンションがバブルの頃で高く売れた。河辺の家の近くに3LDKのマンションを買った。男の子がふたり生まれ、近いので奥さんも遊びに来た。花見もした。八女は出版社の社員食堂に移り、腕を振るった。待遇は良かった。サラリーマン。福利厚生その他、妻にしてみればずっとそこで働いて欲しかった。しかし八女には物足りない。

 河辺の娘が先天性の病気で手術のため入院していたときだ。八女の奥さんから、夜遅く家に電話が来た。息子が熱を出した。八女は帰っていない。河辺は車で病院に連れて行った。
 その後、奥さんから何度も電話が来た。八女とうまくいってない。夜中の時もあった。八女の愚痴を。暗い声で延々と。ノイローゼ気味だったのだろう。
 そして奥さんは子供ふたり連れて沖縄に帰った。

 八女は友人と店を出した。なぜか、たこ焼き屋。フランス風のたこ焼き。お祝い持って食べにいった。おいしかったが、清潔感に欠ける店だと思った。
 次に電話があったのはサハリンのホテルで働く時。1年いれば1千万円稼げるからと……しかし途中で帰ってきた。

 しばらく連絡は年賀状だけ。50歳も過ぎた頃、再婚したと書いてあった。焼肉屋で久しぶりに会った。紹介されたのは年上の奥さん。八女はタンカーに乗っていた。乗組員の食事を作る。収入はいいらしい。ずいぶんいいらしい。何ヶ月も船の上。
 鯵を釣って刺身にした、食費が余った時は豪華なステーキを焼いてやる…… 乗組員は皆喜ぶ。自慢げに話す。
 ではここの会計は? なぜ、都が? 再婚祝いか。

 もう互いに60半ば。この間電話があったそうだ。そろそろ故郷に帰る。田舎で1日1組のレストランをやる。遊びに来い、と。ずいぶん貯金ができた。マンションは? 八女が買ったマンションの近くに駅ができていた。高く売れたそうだ。運のいいやつ。

 
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