第41話 孤独死

文字数 1,176文字

 数年前、娘が妊娠中に実家に来た時のことだ。初期の妊婦は匂いに敏感だった。洗剤やシャンプーの匂いまで耐えられず変えていた。
 比べて私は鈍感だった。マンションのエントランスの匂いが異様だったのに、すぐそばの畑で撒いた肥料だと思っていた。娘は家に入るなり言った。
「すごいにおいだよ。動物でも死んでるんじゃないの?」
 まさか、ね。エントランスのエレベーター前の部屋はひとり暮らしの男性。長男の小中学校の同級生のおとうさんが、ひとりで住んでいた。
 最初から住んでいた家族ではなかった。リフォームしている時に立ち会っていた男性が、たまたま私と目が合うと嬉しそうに言った。
「娘が住むんです」
 娘のためにリフォーム現場を見に来ていた。私の父と比べてしまい羨ましかった。どんな奥さんなのだろう?
 
 5人家族の長男はうちの長男と同じ歳で同じ学校だった。やがて、そのエレベーター前の玄関からはしょっちゅう母親の怒鳴り声が。
 凄まじかった。子供を怒っていたのだろう。3人いれば抑えられないのはわかる。しかし、ヒステリーだ。聞くに耐えない。夫も何度も耳にしたと言う。エレベーターの前の部屋なのだ。
 その奥様はファミレスで働いていた。夜勤の時もあるらしく、朝方すれ違うこともあった。旦那様の顔は見たことがなかった。

 そのうち、奥様と子供3人は出て行った。
 それから10年以上経っていた。さすがに異様なにおいだと思い、管理会社に電話した。担当の方は前年理事をやったばかりなので知っていた。
 実は……苦情があり警察を呼び隣の部屋の庭から入った。予想通りだった、とのことだ。片付けられたが、元妻や子供たちの姿は見かけなかった。すぐにリフォームされ買い手がつくのか? と思ったら、年配のご夫婦が入居した。

 ブティックの客が1年くらい来店しなかった。頻繁に出すDMは戻ってきてしまう。そういえば、歳を取ったら妹さんのところへ行く……互いに独り身、なんて言ってたね、とスタッフ同士で話していた。
 それからまたしばらくして、情報通の客が店に入ってくるなり喋りだした。
「ちょっと、○○さん、死んだんだって」
 ひとり暮らしの団地で亡くなっているのを発見された。数日経っていたと。ひどい状態だったろうね……しばらくは店の話題に。長年の客だった。

 今後、増えるだろう。孤独死は。
 先日は職場の施設と団地の間に、消防自動車が止まっていた。また、入居者が火災報知器を鳴らしてしまったのかと思ったら違った。後日、美容院の女が教えてくれた。

 2、3日、顔が見えないので隣の人が電話した。死んでいるのでは? と。窓から入ると誰もいなかった。
 旅行中だった……昔は隣には声をかけて出かけたものだ。
 
 今後増えるだろう。孤独死は。
 調べると怖くなった。死んだ後の変化。死んだら終わりではない。焼いてもらわなきゃ。









 
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