第113話 私は空気

文字数 1,588文字

 ゴルフのレッスンでのこと。始めてから1年半が過ぎた。途中ひと月を2度休んだが。1度目はお嫁の出産。2度目は腰痛。あとは真面目にほとんど通った。今年からは夫が辞めたのでひとりで通うレッスン。家からすぐだが歩きなので、練習用のクラブケースを買った。
 
 入り口を通り検温する。歩きなので冷え切って低すぎてエラーになる。大丈夫ですよ、と言われレッスン場へ。コロナ禍なので、大きな声で挨拶はしない。
 いつもの手前から2番目の場所にすでに人が……しかたない。小さく挨拶すると、
「初めて会いましたね」
「!」
驚きの表情は眼鏡と大きなマスクでわからないだろう。しっかりこっちを見てないし。

 いつもは私の前の前くらいで背中を向けて打ってる女性だ。それが、珍しく私の後ろに。うろたえる私に追い討ちをかけた。
「このクラスですか? 会ったことないですね」

「そうです。A先生のクラスです。1年半来てるんですけど。あなたとは、月に2回は会ってたでしょ? まあ、私は印象が薄いですからね」
とは、言える性格ではない。

 コロナ禍に入会したから、マスクに、おしゃべりもしてはいけない。ほとんど数分ずつの個人レッスンみたいなもん。入った時も皆に紹介もしなかった。
 それにしても、失礼だよね。そうかな? と思っても口にしてはいけない。派手な金持ちそうな、キャピキャピした、ベンツで通っているお方。軽井沢に主人と泊まりで……とか、コーチと喋っているお方。生徒が大勢いても、お構いなしで喋って先生を引き止めている……

 ムカついたけど……投稿してやろうっと。
 いつもはこの時間だけは無心になる。始めた当初は夫に無理矢理やらされたようなものだったので、お昼、何食べよう……なんて考えながら打っていた。90分のレッスンが長かった。
 今日は投稿の内容を考えながら打っていたら、調子よかったんですが。アプローチのテストはダメだったが。

 ああ、空気のような私……
 ああ、バックを変えたからかも? 白から赤に。

 以前にもあった。娘の英語教室の説明会。親が集まり2度目にあった時、
「この間、いました?」
だから、そういうのは口に出してはいけない。私が影が薄いのはあなたのせいではなくて、私が悪いのだけど、人によっては恨みを買います。その口はつぐんでいた方が賢明です。
 しかし、当時はコンタクトでそんなにひどくはなかったはず……その方はダスキンの仕事をしているので毎月交換に来てもらっている。もう20年以上の付き合いになるが忘れない。

 まだある。お隣のご主人。入居から何年経っても、エレベータで一緒になると聞かれた。何階ですか? と。隣りです、とは言えなかった。隣に入る気配は感じただろうに、数年の間に数回聞かれた。

 ブティックで働いていた時に、カウンターに常連客が数人座っていた。だいだいは我が強い。我慢などしない客ばかり。毎日来る客が他の客に言った。
「Kさんて、おとなしくて、いるんだかいないんだかわからないわね」
ひどいことを言うな……と思った。わざと言ったのか? そうやって生きてきたからわからないのか? Kさんは言い返しはしなかった。しかし、印象は薄くてもプライドは高かった。後日、店長に泣いて訴えた。店長は来る客ごとにそれを話す。ひどいでしょ! と。格好の話の種に。
 だいたい客が集まれば会話になどなっていない。てんでに自分のことを喋りまくる。聞いてくれる場は他にはないのか? だから、高い金を出して、着ない服を買うのだな。

 おとなしいKさんも、私たちには高圧的だった。常連さんは、いちげんさんを下に見る。どうせ、買わない、買えないんでしょう? と。客が立て込む忙しい時にラッピングをさせた。
「急いでくださる?」
と嫌がらせか? まあ、謝って、待ってもらうしかない。丁寧に謝る。何度も謝って気持ちよくさせる。謝るのは○○だから。

 
 





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