第21話 ひらめき

文字数 1,182文字

 ある方のブログを読んだら、ひらめいてしまった。
『明け方の迷惑な近所の男性の雄叫び』

 うちのマンションにもいる。雄叫びだか、欠伸だか、大きな声だ。壁が薄いのかよく聞こえる。
「あああぁぁぁーーーー」
日に何度もある。夜中でも。
 この方は新築当初からお住まいだ。築40年も経つと入れ替わりも激しいが。奥様はだいぶ前に亡くなった。乳癌だった。廊下で話したことがある。
 床に新聞を広げて読んだいたら、胸の違和感に気付いたと。すでにステージ4。治療にお金がかかると言ってらした。
 保険の外交員だった。身内には掛けたが自分にはたいして掛けていない……そんなことを話したのを覚えている。

 奥様が亡くなり、旦那様のことを心配したがしっかりしていらした。退職すると、マンションの小さな公園で園芸を始めた。砂場はすでに使う子供はいない。砂漠化していた。そこに次々に花を植えた。小さな公園がきれいな花壇になった。何年かは誰も文句を言わなかった。旦那様は朝も昼も夕も花をいじっていた。

 もう、旦那様の耳はかなり遠くなった。マンションの総会で、公園は個人のものではないのだから、という議題が出て、旦那様の楽しみは取り上げられてしまった。公園には砂場が新しく作り替えられたが、もはや高齢者ばかりで遊ぶものはいない。
 旦那様は大丈夫か? 楽しみを取り上げられ呆けてしまうのでは? 
 心配はいらなかった。新しい仕事を見つけた。初めて見たときには驚いた。
 空き缶を集めていた。自転車で、自動販売機の空き缶をビニールに入れていた。そして、悪びれもせずに、片手を上げた。
「やあ、〇〇さん」
と私の名を呼んだ。
 旦那は自転車に空き缶が入った大きなビニール袋をいくつもかけて漕いでいく。
 1度見かけた。バスの窓から。橋の手前の空き缶買取所。そこで旦那は喋っていた。マンションから自転車なら40分くらいか……それを日に何度? よく見かけた。顔が合えば悪びれもせずに片手を上げる。うちの娘たちもいろんなところで見かけているようだ。

 この旦那は定年退職しているはずだ。ローンも完済してあるだろう。食うのに困りはしないだろうに。空き缶集めは金稼ぎか、趣味かスポーツか? 
 耳が遠い。もう、会話にならない。一方的に話しかけてくるがこちらの声は聞こえない。空き缶の入ったビニール袋を家の中に持ち込む。エレベーターに汁がたれる。誰かが文句を言っても聞こえない。片手を上げて降りていく。
 もう、80歳近いのではないか? すごい脚力だ。猛暑に帽子も被らず、コロナ禍でマスクもせず、日に焼け、痩せている。ベランダで洗濯物を干している。線香の香りが漂ってくる。奥様に手を合わせているのだろうか?

 
 私は朝晩歩きにいく。ひとりになれる時間。ストーリーを考えながら歩く。1時間の短いこと。

 創作 おお 純粋な矛盾 よろこびよ (?)

 
 
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