第327話 虫と球面

文字数 1,411文字

 先週の木曜日、ついに転職の内定を勝ち取ったK君の祝いがてら、夕食を共にした。K君は10年下の友人で公的には転職活動を、私的にはマッチングアプリでの彼女探しと公私ともに余念がない。転職先の話や、年収の話などを聞いた後で私の職場の話になった。どうも私が職場で浮いてしまう事、その日も女性の先生方が韓国ドラマの話題で盛り上がっているのに、私が一向に話題に加われなかった事などを話した。K君が言うには
 「長谷川さんは上から目線だからですよ。それじゃだめですよ!」私は
 「いやそれは相手がK君だからだよ。職場じゃそんなことないよ!」と返したが、
 「そういうんじゃなくて、長谷川さんは何か高いところから見ているっていうか・・・、そう、俯瞰しているっていうか。そんな感じだからですよ!」
 「俯瞰か。そりゃそうかもしれん。あのな、アインシュタインがこう言ってるんだよ。『ボールの上を這っている目の見えない虫は、自分が平らな面を歩いていると思っている。我々がそれに気づけたのは幸いだった』ってな。そして我々の多くの発見や気づきはそのような視点を持ちえたからだってさ。面白いだろ。」
 「そう、そういうところですよ!」
 「いや待てよ。そもそも歴史を学ぶってことは“俯瞰”するってことに他ならないんじゃないか?自分で言っちゃなんだが知性ってのは俯瞰する事と≒(ニアリーイコール)だろ?サッカーだって平面的な視点しか持ちえない選手と俯瞰できる選手とでは天と地ほど差がある。」
「だから、そういうところですよ。私とかYさんの前ではいいけど、普通の人の前でそういう話はしないほうがいいですよ。」
 「そんなもんかな?俺も韓国ドラマ観たほうがいいのかな?Kポップアイドルとかさ。彼らは踊っているけど我々は踊らされている。皆いつになったらそのことに気づくんだろ?」
 「もうやめましょうこの話。ところで今度私グランピングしてきますよ。妙義山のふもとで!」
 「ほんと、今流行りのグランピングか?キャンプとホテルの中間みたいなやつだろ?誰と行くの?」
 「いや、アプリで知り合った人と。」
 「!?そうなの?もう付き合ってんの?」
 「いや、2回会っただけです。」
 「そっか。2回会っただけか・・・。じゃ、相手の人にしたらK君は(品のない言い方だけど)結構な優良物件なんだな!いくつの人?」
 「32です。」
 「ふ~ん。女性にしたら適齢期だね。それはもう、いわゆる男女の仲になることを前提なんだろね。」
 「まあ、流れ的にそうなったらそうなるかもですね。より積極的なのは女性のほうかもしれないですよ。出産の事もあるし。ただそういうことは抜きで、グランピングって面白そうなんですよ。部屋は間接照明でおしゃれだし、ちょっと出たところには飲み放題のバーがあるし、お風呂は併設された大浴場使えるし、飯はバーベキューだし!そういう流れになる仕掛けには事欠かないんですよ!」
 「ふむ、流れと勢いか・・・。それも大事かもな。」
 「そうですよ。流れと勢いって大事ですよ!」
 「そうだな。たださ、もしかするとそれって球面を這っている目の見えない虫と同じかもしれないよ(笑)」
 「あっそうか!ボールから落っこちないように気を付けないと(笑)」
 
 というわけで、その日私はK君に小籠包とコーヒーをご馳走した。雨がザアザア降りで帰るに帰れなかったが、おかげで楽しいひと時を過ごせた。ありがとうK君!
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