第350話 人は薔薇のみに・・・

文字数 1,103文字

 文学部出身の友人はいつもこう言う。
「人間は形而上的なことを学ばねばならない。だから文学部こそが最も尊いのだ。文学部のない大学なんて大学とは言えない。」
私は「そんなもんかな。」と思いつつうなずく。(私も実は文学部出身)そんな調子で彼とは地元のショッピングモールにある喫茶店で、一番安いコーヒーを飲みながら形而上的なこと、つまり「美」について、「愛」について、そして「神」について何時間も語り合った。確かに彼とは話が合う。私もまた「芸術にその身をささげたもと社会科教師」とか言っているくらいだから同じ穴の狢かもしれない。

 そんな彼が最近会った際に珍しく節約しているので驚いた。彼は服が好きでいつも「そんなにあっても着る機会ないだろう?」とこちらが言いたくなるほど服を買う。そして、ほとんど着ていない【お古】を私にくれる。「そりゃ、ただでもらえるのはうれしいけど、サイズが違うだろサイズが?!」と言いたくもなるがそれは黙っておく。そんな彼が服や靴を買うのをためらっている。「どうしたのか?」と聞いてみたところ
「ハセガワ君。人は薔薇のみに生きるわけにはいかんのだよ。」
と、のたまう。私は
「そっか。それも一理あるな。」
と応じた。彼の変化に半ば驚きつつ、私は彼のためを思って喜んだ。

 そうなのだ。我々は薔薇にのみ生きるわけにはいかないのだ。時にはパンも食べなきゃ腹減らして死んじまう。この資本主義社会をサーヴァイブするためには形而下なことも必要なのだ。

 そう、「人は薔薇のみに生きるにあらず」なのだ!

 私自身についていえば歴史を学んでいてぶち当たるのがいつも経済の問題だった。経済の事、つまり世の中の仕組みのことをわからないままに歴史を学ぶことはできないな。と言うのが私の経験則だ。

 そんなわけで少し時間のできた私は現在、簿記3級の取得に向けて勉強中だ。3級を取ったら次は2級も取るつもりだ。資本主義のしくみを実地から知るための初めの、そのまた初めの一歩が簿記だと思っている。無論、私だって人間だ。食わなきゃ死んじまう。それはパンのためでもあるのだ。

 しばらくは簿記3級・2級取得のためにブログのペースが鈍るかもしれない。このブログを楽しみにしてくださる読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ない限りだ。ただ、知らなかった世界を学ぶというのは、とても面白い!資格を取得した後、また違った角度からこの社会を見ることができるのではないかと今から楽しみだ!同時に勉強というのは生涯続けるべきものなんだな。と改めて思う。ついでに今後、彼からのサイズの合わないお古が回ってこなくなると思うと、それもよかったとも思うのだ(笑)。
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