第352話 鍋

文字数 1,082文字

 今日、母が「今日の夕食は海鮮鍋だよ。」というので台所に見に行ってみたら、海鮮などこれっぽっちしかない。あるのは大量の白菜と竹輪だった。憤慨した私が「これじゃ、海鮮鍋じゃなくて竹輪鍋だろ!」と文句を言うと、母は「いやなら自分でスーパー行って(具材を)買っといで!」と言うので、私はそれこそ最寄りのスーパーへ行ってカニでもホタテでも買ってきてやろうか!と勢い込んだ。しかし、そこは私も大人だ。母の意思を尊重し何も言わずに引き下がった。と言うのはウソで「家族みなでつつく鍋だ。そんなことしたら俺が損する!」と、思いとどまったのだ。

 そう、うちの鍋にはホタテなんてたまにしか入らない。カニにいたってはついぞ見たことがない。

 そういえば、昔々私がまだ幼稚園に通っていた頃、親戚のうちで鍋をご馳走になったことがあった。その時の鍋にはカニが入っていて、私は「あっカニが入ってる!」と大喜びで食べた思い出がある。その後、母に「恥ずかしいことするんじゃないよ!」ときつくたしなめられた。今でも覚えている。

 そんなことを思い出していたらふとカニが食いたくなった。最後にカニを食ったのはいつだったか?あれは確かまだ私が神奈川で独り暮らしをしていた頃の事。その年、大晦日を一人気ままに過ごすことにした私は、アパートのすぐ裏にあったスーパーへ食材を買いに出かけた。そこで、ひときわ大きなパックに入った【ロシア産冷凍タラバガニ1980円】が目に飛び込んできた。迷わずそれを購入し、部屋で1人食したのを覚えている。部屋中カニのにおいがした。幸せだった。

 今にして思えばあれが私の人生のハイライトだったかもしれない。そんなことを考えながら今日は【竹輪鍋】をつつく。でももしかすると、神奈川で食ったタラバカニを思い出しているように、今、食っているこの【竹輪鍋】を懐かしく思い出す日がいつか来るのかもしれない。そう考えると何だか切なくなった。それは鍋の具が竹輪だから切ないのか?それとも、きっとそのころには父も母もいなくなってしまっていると思うから切ないのか?にわかには解らない。多分その両方だろう。

 なんにせよ、鍋とは皆で時を同じくしてつつくものだ。誰と食べたか?何が入っていたか?何味だったか?どんなことを話したか?

 そういった事が記憶に刻み込まれる。FCバルセロナがその全盛期に「バルサはクラブ以上のクラブだ!」と豪語していた。もしかすると鍋とは「単なる食事以上の食事」なのかもしれない。つまり何が言いたいかと言うと・・・カニの入った鍋を食いたい。ただ、ただそれだけの、私は男なのです(笑)。
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