第231話 愛情表現

文字数 1,497文字

 愛情表現が下手だ。昔からここぞという場面で、ここぞと言う相手に限って素っ気ない態度をとってしまう。そのせいで取り返しのつかない失敗をしたことが多々ある。どうもこれは父に似たらしい。うちの父もストレートに愛情を表現するのが苦手だ。逆に母の方はこれでもかと言うくらいのストレートな愛情表現をする。これは多分に自意識が関係しているのだと思う。自意識が邪魔してストレートな愛情表現が出来ないのだ。父に似て私にも若干自意識が過多なところがある。困った話だ。それでも昔に比べればましになって来た。もっともこれは年の功と言うべきか?いつの日か包み込むような愛情表現が出来ればよいと思う。年齢を重ねるのは悪い事ばかりではない。
 
 それとは別に学童の子供たちを見ていると面白い。気になる子に意地悪?をする事で相手の気を引こうとしている児童がいる。ストレートな愛情表現をする事で自身の気持ちを悟られるのが怖くて、それでも相手の気を引きたくて、逆に意地悪をしてしまうのだ。これはこれで可愛いものだと見ていたが、そうとばかりも言っていられない。今のうちはそれでいいが、20代30代になってもそういう屈折した愛情表現しかできないのではちょっと困る。相手の気を引く行為、つまり自分に興味を持って欲しいというのは解る。それがストレートな好意ならばよいが、相手の憎しみを買う事で自分に興味を持ってもらおうというのはナンセンス極まりない。専門的な用語を用いるなら恋愛とは共依存の関係を構築する事だ。ちょっと憎まれ口をたたくのなら話は解るが、本気で相手の憎しみを買ってまで共依存の関係を築こうとするのはある意味悲劇だ。相手にも迷惑がかかる。でも“いい大人”になってもストレートな愛情表現が出来ない、それどころか憎しみに基づいた関係しか築けない人がいるのも確かだ。ちょっと不器用すぎると言うべきか?
 
 それが育ってきた環境によるものなのか、遺伝的なものなのかは解らない。ただ、面白いと思うのは愛する事と憎むことはまさに表裏一体だという点だ。その意味で目立つ人と言うのは大変だ。愛されるプレッシャーと憎まれるプレッシャーを一身に浴びねばならない。芸能人と呼ばれる人たちは人気があればあるほど、ひとたび不倫でもすれば徹底的に叩かれる。人は「愛すればこそ憎むし、憎めばこそ愛するのだ。」他人事とはいえ大変だ。

 また、これを言っては女性陣から叩かれそうだが、やはりアイドルとか俳優とか目立つ存在に憧れを抱くのは女性の方が圧倒的に多い。先日ある女子児童が一生懸命に塗り絵をしている。見て見るとキラキラピカピカしたアクセサリーをこれでもかという程に付けた女の子のキャラクターが描かれている。私が「やっぱり女の子はキラキラピカピカしたものが好きなんだね。キラキラしてれば遠くからでも目立つもんね!」と言うと「何言ってんの?当り前じゃん。」と言った顔でうなづいた。「私なんかは別だよ。ほら今着ている、こういうのを迷彩柄って言うんだけど、遠くからだと景色に紛れて見えなくなっちゃうの。みんなと逆だね(笑)。」と言って先日購入した軍物のUSEDジャケットを見せた。その児童は解った様な、解らない様な顔でうなづいた。

 さて、話はそれたがこの文章をお読みの皆さんはどうだろうか?好きな人に好きと伝えられるだろうか?それとも自分でもいやだって思いつつも憎まれ口をたたいてしまう?大丈夫。今はストレートに好意を伝えられなくても、きっといつか出来るようになるはず。それが年齢を重ねるという事だから。そして好きな人に好きと言えるのも生きているうちだけなのだから。
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