言葉にできない

文字数 4,363文字

 1.

 もはや小部屋ではなかった。廊下でもなかった。
 壁も天井もない、床だけの、茫漠とした、一面の灰白色。その空間に臭いは――鼻が何かを感じているとしたら、自分の体臭だけだろう。音はあった。自分のブーツの足音が。
 そこにヨリスは一人。
 こんな場所は見たことがなかった。ヨリスは三十五歳で、孤児院、士官学校、それから軍隊という狭い世界を生きてきたため、見たものよりも見たことのないもののほうが多いだろうが、それにしても、他の誰がこの場所でいつまでも正気を保っていられるだろうか?
 恩寵があるとしたら、正気でいられることだ。それと、部下たちが逃げ切ったこと。ヨリスは神になど興味はないが、不意に敬虔さに近い感覚を抱いた。母なる大地も父なる太陽もない場所で、いずれ起きる出来事に。ここに残ってよかったと思うためには、何かが起きなければならない。
 出来事は起きた。
 ヨリスの視界の右端で、床から影が立ち上った。
 間合いを測る間もなく、それは亡霊が取り憑くようにヨリスに飛びかかった。ヨリスはそれを一撃で殴り倒した。手応えはなかったが、影は雲散霧消した。
「できるなら、拳ではなく言葉で語り合いたいのだが」
 返事はない。
「姿を見せろ!」ヨリスはよく通る声を張り上げた。「イマエダ大尉から話は聞いている。私に用があるというのならば、月よ、聞こう!」
『言語生命体』
 背後から声。
 ヨリスは素早く振り向いた。
 そこに、雲霞(うんか)の如くゆらめく灰色の人影があった。
『誰も彼も、我らが被造物どもは我に生意気な口をきく』
「我が名はマグダリス。貴様は何という」
『神、と言ったらどうする』
「殺す」
『何故』
「私ごときに殺される程度の者など神ではないからだ」
 影は少女の声になった。
『言語生命体は地球人()を凌駕したいと願いながら、永遠に依存できる壁であってほしいとも願った』
「いいことを教えてやろう」ヨリスは肩の力を抜いて指摘した。「貴様は混乱している。自分が誰だかわからないのだ。ゆえに名乗れぬ」
 今度は中性的な声。
『私は千年、砂の中で一人だった』
「貴様は今、月であり、砂の書記官であり、マナでもある」
 ヨリスは不思議に思った。砂の書記官は何故、月と自己とを完全に切り離してしまわなかったのだ? できなかったのか? だとしたらそれを不可能にしたのは、人間として存在したマナの自意識だろう。自意識が、扇の要として二つの無機物、月と砂の書記官とを結びつけているだ。
「寂しいのだろう」
 優しさも甘さも見せずにヨリスは言い放った。
「寂しいというのは、誰かと共にいたいということだ。貴様は人間になることで、願望を抱くことを知った。その願望が無機物であった貴様のそれまでの自己認識を粉砕し……」
 そうか、とヨリスは理解した。
「……腹を立てたのだな? 我らが貴様に弓を引いたことに対して」
『地球人として生意気な被造物には腹を立てて当然だ』
『私は、お前はここにいるなって言われたくなかったの』
『言語生命体の行為を監視することこそ我が本来の務め』
「わかった」
 ヨリスは片手を上げて制した。
「このままでは、貴様は今の分裂した自意識すら保てず発狂するだろう。はっきり言っておくが、私には貴様の自殺に付き合うつもりはない」
 影が、顔を上げた。そう見えた。瞬間、ヨリスは足を踏み込んで、サーベルを抜きざまに影を斬り払った。
 影は、また背後に湧き出でた。
『ならば、私は私を保つため貴様になりかわる』
 今度の影は、少しだけ輪郭がはっきりし、背丈はヨリスと同じだった。

 ※

 月環同盟軍が都を攻め落とすには、高いアーチを積み上げた水道橋をくぐって石橋を渡り、大劇場や図書館のある地区を通過して、さらに議事堂及び議事堂前広場を攻略しなければならなかった。
 月環同盟軍の先鋒隊が水道橋にたどり着くまでには、エーリカの逃走は総督府じゅうに知れ渡っていた。わかっていた通り、刺客が――ハルジェニクを殺したお仲間が――放たれ、グザリアを筆頭とするコブレン自警団は街に出て暗殺者狩りを始めた。
 コブレン自警団の殺しの手口ならミスリルがよく知っていた。ダガーや弩を手にしたまま血を流して倒れている殺し屋たちの死骸、血痕、立ち去った者の足跡を追えば、殺戮者のもとにたどり着くことができた。
 何故追ってしまったのか、ミスリルにはわからなかった。郷愁かもしれない。物陰から、一目でもいい、一人でいいから知っている顔を見れたら満足できる気がしていた。
 甘かった。
 血と雪のぬかるみ。
 死せる殺し屋たちのただなかに立つ男を、近すぎる月が照らしていた。
 その男が右手にぶら下げた鉄の棒。ミスリルと同じ得物、三節棍。
 ぎらつく光を両目に集めてミスリルを振り向いたのは、グザリア・フーケ、他ならぬミスリルの師であった。
 運命というものがあるのかもしれない、とミスリルは畏怖し、それを打ち消した。俺が死体を追ってこなければ会わずに済んだ、それだけじゃないか。
 師弟の間にはまだ三十歩の距離があった。それでも互いの人相がわかるほど明るくて、声もよく聞こえた。
「ミスリル」
 グザリアはしばし驚いていたようだが、気を取り直して月を指さした。
「あれはなんだ?」
 ミスリルは開き直った心地で答えた。
「娘だ」
「大変なことをしてくれたな」
「全部が全部俺のせいってわけじゃないけど」
 グザリアが一歩踏み出す。瞬間、ミスリルは三節棍を右手に抜いた。
「お前に娘などいるべきではなかった」
「そう言ってやるなよ。かわいそうだろ?」
「あの月に対してお前は何を思う?」
「一人くらい肩を持ってやる奴がいてもいいって思うね」
「つまり、あれがこのままでいいと?」
「このままじゃよくない」ミスリルも一歩、慎重に踏み出した。靴が血で溶けた氷の塊を踏み、湿った音を立てた。「ちゃんと元通り娘に戻ってもらわないとな」
 さらに一歩、互いに歩み寄り、ぴたりと立ち止まる。
「あの月が消えてなくなる可能性を選ぶつもりはないか?」
「ない」
 即答。
「ならば死ね」
 グザリアが、中央の棍を底辺とする三角形の構えを作った。ミスリルは最後の質問をした。
「月が消えれば世界は元に戻ると思うか? フーケ師」
「その可能性に賭ける。それだけだ」
「話し合いの余地は?」
 今度はグザリアの即答。
「ない」
 ミスリルは二本の棍を握り締め、一本の棍をぶらりと垂らした。威力を高めるための(おもり)が決意に揺れていた。
「ミスリル、お前は俺の最高の弟子だった」グザリアが吠えた。「お前から来い!」
 ミスリルは鬨の声を上げた。腹の底から。横たわる連盟の死角の死骸を一人、二人、三人と跳びこえる。
 防御のことを考えたほうがいいかもしれない、と思ったときには体が攻撃を始めていた。棍の先端を握り、大きく振り回してグザリアの足を狙う。グザリアは後退しなかった。ああ、一歩も引かないさ、この俺を教えた師匠だからな。ミスリルは冷静だった。グザリアが高く跳んでミスリルの棍をかわし、右手で自身の三節棍を肩越しに振り上げるのを見た。
 素早く左に飛んで回避。
 グザリアの三節棍が石畳を割った。二度、三度、棍を打ち合う。四度目で師弟の三節棍の節目が絡み合った。二人は同時に武器を捨てた。
 互いに後ろに跳んで間合いを取る。
 そこには(たお)れた刺客たちの武器が落ちていた。グザリアの足許には片手剣が。ミスリルの足許には弓矢が。
 ミスリルは素早く膝を屈め、左手に弓を、右手の四つの股に矢を握った。後ろに飛びすさりながら矢を連射する。グザリアが剣を上段に構え、突っ込んでくるのが見えた。矢の二本は外れ、一本は剣に払われた。
 四本め、最後の矢を弓につがえて引いたとき、グザリアは眼前にいた。
 (やじり)をグザリアの喉に突きつける。
 グザリアは片手剣の刃をミスリルの首筋に当てていた。
 膠着。
「どうする?」顔と顔を寄せ合って、ミスリルは冷徹な調子で尋ねた。「このまま矢を撃って、あんたの喉を串刺しにするか?」
「俺が貴様の首を掻き切るほうが早い」
「その瞬間、力が抜けた俺の手から矢が放たれるってわけだ」
 またの膠着。
 それを破ったのはグザリアだった。
 ミスリルは脇腹に蹴りを受け、矢は空しく空を切り、近くの煉瓦造りの建物に当たった。
「いっ――」
 左足を軸に半回転。
 グザリアの右手に回り込む。
「――ったいな、畜生!」
 痛む箇所に手を当てたくなる本能に必死に抗って、ミスリルは右肘を振り上げた。肘打ちはグザリアの顎をかすめ、唇の端を切った。やっとだ、やっと一発入った。ただ失敗だったのは、肘打ちを入れたミスリルの爪先が死体の一つに引っかかったことだった
 よろめく。
 すかさずグザリアが左手でミスリルの鳩尾を強く押した。
 背中から壁に叩きつけられる。
 激しい運動で高まっていた心拍が、グザリアの手の圧迫を受けて止まった。
 息ができない。
 考える余裕はなかった。心臓を押さえつけられながら、ミスリルは必死に右足を動かした。動け! 動け! 気付けば必死になってグザリアの脛を蹴っていた。何度目かの蹴りで、心臓を押さえる力が弱まった。
 息が吸えた。
 心臓から再び血が全身に送り込まれる。
 体に力の入らぬまま、ミスリルはグザリアに組みついた。
 師弟は取っ組み合い、ぬかるみに倒れた。
 偶然、ミスリルが下になった。頭を石畳に強打しないよう、首を前に突き出す。そのときグザリアの腰の後ろにダガーの柄が見えた。
 許せよ、親父、フーケ師。
 ミスリルはグザリアの腰のダガーを抜いた。ミスリルにのしかかるグザリアには弟子の両手の自由を奪っておく余裕などなかった。ただ、腰のダガーに手を回したとき、それがないことに気がつき――胸を刺された。
 ダガーの一撃はグザリアの鎖帷子を貫通して胸の血管に届いた。心臓は外したが、ミスリルは組み敷かれた姿勢のままダガーの柄を左右に動かして、血管を切り裂いた。それは熟達の域に達した殺しの技だった。
 ミスリルは顔にグザリアの血を浴びた。グザリアは己が身に起きた悲劇を理解したようだった。
 何かを訴えかけるような目で、月の光の中、ミスリルを見下ろしている。なんだ? 何を言いたい? だが、死にゆく者から聞き出すことはできなかった。
 グザリアの体がゆっくり横倒しになる。
 下敷きになるのを免れて、ミスリルは這うようにグザリアから離れた。ミスリルは息を切らしていた。汗をかいていた。この汗も、冬の風がすぐに乾かしてしまうだろう。
 ミスリルはグザリアから目を背けた。背けた視線の先に、師弟の絡まり合った三節棍が落ちていた。
 こんなときはなんて言うんだっけ?
 ああ、そう。師からは教わった。
 俺が俺の悪を生きるときも、神は俺と共にいる――
 ――言葉にできない、とても。


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登場人物紹介

◆ミスリル・フーケ

◆25歳/男性

◆所属:コブレン自警団


『暗殺者を狩る暗殺者』の育成機関、コブレン自警団の団長の一番弟子。正義感が強く、好戦的で熱血だけど気分屋なのでいきなり冷める。自分のことを暗殺者だと思ってるわりに騒々しい。11歳のときに実の母親との間にできた娘が「いないつってんだろっ!!」いません(忖度)。

画像は「このカス野郎をどう始末してやろうか」と思案しているときの顔。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 2作目『鳥籠ノ国』

 外伝『失語の鳥』

◆アエリエ・フーケ

◆27歳/女性

◆所属:コブレン自警団


もとは豪商の娘だったがいろいろあって10歳で浮浪児となり、コブレン自警団に保護された。

女性ながら大鎌をはじめとする長柄武器の扱いに長け、ミスリルの行くところにはどこにでもついて回って敵の生首を刎ね飛ばす。恐い。ちょっと恐い。笑顔がちょっと恐い。足許にひれ伏すと踏んでくれる。マゾは急げ!


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 2作目『鳥籠ノ国』

 外伝『失語の鳥』

◆マリステス・オーサー

◆25歳/男性

◆所属:コブレン自警団


通称テス。鳥好きで頭が緑とかいう実に安直な理由で『真鴨』とか『鴨』とか呼ばれている。

自閉傾向が顕著に強く、表情の変化の乏しさと相俟って「何を考えているのかわからない」という印象を与えがちだが、感じる力も考える力も強いほう。

コミュ障の自覚があるため、コミュ力の高い兄弟子のトビィに対してとても屈託している(嫌ってるわけではない(むしろ大好き(面倒くさいタイプ)))。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 2作目『鳥籠ノ国』

 外伝『失語の鳥』

◆アザリアス・オーサー

◆27歳/男性

◆所属:コブレン自警団


通称アズ。自警団の武術師範の一人であるオーサー師の一番弟子。30歳以下の自警団主力戦闘員の中では第一位の戦闘能力を持つ。

戦いになると実に容赦ないが、素の性格はシャイで温厚。天然だけど人から天然って言われると傷つく(繊細)。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 外伝『使者と死者の迷宮』

◆トビアス・オーサー

◆27歳/男性

◆所属:コブレン自警団


通称トビィ。アズの双子の兄弟。長柄武器を得意とするほか、犬を訓練する技能を持つ。陽気でとっても優しくて、子供と動物が大好きな親しみやすいお兄さんだよ! たまに笑いながら人殺しちゃうけど……。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 外伝『使者と死者の迷宮』

◆レミ・イスタル

◆25歳/女性

◆所属:コブレン自警団


イスタル師の二番弟子。朝寝坊クイーン。三人一組が基本となる重要な仕事ではアズ&トビィと組むことが多く、この二人と一緒にいる日は朝自分から起きてこない。

生真面目かつ強気にふるまっている反動か、妹のようにかわいがってくれる人の前では子供のように無邪気な態度になる。かと思えば妙に機嫌が悪いときもある。特に朝。朝。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

 外伝『使者と死者の迷宮』

◆リレーネ・リリクレスト

◆17歳/女性

◆所属:北方領リリクレスト公爵家


北方領リリクレスト家の公女だが、他家に嫁がせるためのお飾りとして育てられた。でも根が逞しいので環境への適応力が高い。


リリクレスト家は惑星アースフィアが移住可能な環境になる遥か以前から続く古い家であり、その血筋は地球における最初の10体の言語生命体試作品にまで遡るとされている。

それゆえ言語生命体の神である地球人からさえも重んじられ、宇宙戦争が行われた時代に授与された宝冠が数千年ものあいだ家宝として受け継がれてきたがリレーネが6歳のときに壊しちゃった。昔お転婆だったから壊しちゃった。

6歳だけどさすがにこれはヤバイと思って庭に埋めてしまった。

家じゅう大騒ぎになってたけど無駄に意志が固いので沈黙を守り抜いた。

ときおり思い出して寝れなくなる。

たぶん今も埋まっている。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆リージェス・アークライト

◆22歳/男性

◆所属:北方領陸軍


北方領陸軍で最もぼっち飯が似合う男と恐れられる若き護衛武官。階級は少尉。士官学生時代は優等生だった。毎日ぼっち飯だったけど。

なんだかんだでお人好しなので、試験の前にノートを貸してくれと泣き付かれて貸したら試験が終わるまで返ってこなかったりしたタイプ。怒っていいと思う。


巻き込まれ型の不幸体質なので登場するたびにひどい目に遭う。

仮にもシリーズ第1作目のメインヒーローが何故このような扱いをされるのかと思うと不憫で笑いが止まらない。

ごめん間違えた。

涙が止まらない。


とってつけたように言うけどリレーネ付きの護衛である。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

(過去作での名はリージェス・メリルクロウ)

◆パンジェニー・ロクシ

◆22歳/女性

◆所属:北方領陸軍


北方領の護衛武官。試験が終わるまでリージェスにノートを返さなかった犯人。

本編ではリレーネとリージェスが南西領に潜入するのに協力したが、コブレンの手前ではぐれたらしい。過去作を読まれた方のうちの実に99%以上が忘却の彼方へと葬り去ったであろう、シリーズ一作目からのリベンジャー。それでは一言意気込みをどうぞ。

「パンジーって呼んでよ(血涙)」


◆初登場回:8章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

◆リアンセ・ホーリーバーチ

◆24歳/女性

◆所属:南西領陸軍(解放軍)


陸軍情報部の間諜。間諜は単独での潜入が必要となる任務が多いため、油断を誘うべく実年齢より幼く見える格好を普段からしている。上腕二頭筋とかムキムキだけど。任務のためだけでなく、本人もかわいい服や小物が大好きである。背筋とかゴリゴリだけど。その甲斐あってか潜入や工作の成功率が非常に高く、情報部内ですら(服の上からの)外見に騙される者が一定数いる。腹筋とかバキバキだけど。

でもそれは、強くなければ生き残れないことをよく知っているからこそ。毒舌だったり辛辣なところがあるけれど、姉と妹のことは大好きな三姉妹の次女。

シリーズ1作目からいるけど登場するたびに箍が外れていく。


◆初登場回:4章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆シルヴェリア・ダーシェルナキ

◆20歳/女性

◆所属:南西領陸軍(解放軍)


南西領総督シグレイの長子。自分の軍隊が欲しくて18歳のお誕生日に少将の官位を買ってしまった(買ってしまった)。

買官によって権威を得た者に武官たちが向ける目は冷ややかなものだが、シルヴェリアは卓抜した手腕によってたちまち最悪の評価を覆した。

ただし露出の多い服装で人前に出たり、高貴な身分の人間が口にすべきでない単語や言いまわしを使いこなしたり、好色が過ぎて男女問わず手を出したりと問題行動が多い。


弟妹が5人いるのだが、2歳年下の妹エーリカには嫌われている。

もともとプライドが高いエーリカのコンプレックスを刺激しがちなうえ、10歳の頃にエーリカが丁寧に作った押し花を目の前でムッシャムッシャバリボリと貪り食ってからは蛇蝎の如く嫌われている。

何故そんなことをしたのか全くわからない点もまた嫌われている。

しかも父シグレイがその件でシルヴェリアを叱責しなかったので必要以上に嫌われている。

まあとにかく嫌われている。

結論:全部パパが悪い。


◆初登場回:4章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆フェン・アルドロス

◆37歳/女性

◆所属:南西領陸軍(解放軍)


シルヴェリアの副官。美少年のような色香を漂わせる37歳独身美熟女というちょっとどういう層を狙っているのかよくわからない逸材。お遊びの度が過ぎ、陸軍司令部で17股をかけていたことがばれて無事職場の人間関係を崩壊させる。

前線送りとなった先で出会ったシルヴェリアとはすぐに意気投合し、同性の愛人の座を獲得した。

しかしながら誰にでも見境なくちょっかいを出すわけではなく、性的合意があっても未熟過ぎたり責任能力のない相手には一切手出ししない。当たり前のことなんだけど……。

シオネビュラ神官団のメイファ・アルドロスの実の姉。


◆初登場回:4章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆マグダリス・ヨリス

◆35歳/男性

◆所属:南西領陸軍(解放軍)


歩兵精鋭部隊を指揮する大隊長だったが、編成中だった親衛連隊内の一個大隊を鍛えるべくシルヴェリアに抜擢されていた。階級は少佐。陸軍内においては『歩く殺戮装置』とか『三つ編み三十代』とか陰口を叩かれる。

高潔さと冷酷さを併せ持ち、他人に厳しいが自分に対してはもっと厳しいので立場の弱い者たちからは愛されている。

ときに行動が大胆なだけでなく、天才的な剣の腕を持つため恐い人だと思われることもしばしば。大丈夫。恐くない。たまに一人で百人殺しちゃうだけだ。よくあるよくある。


◆初登場回:5章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ヴァンスベール・リンセル

◆20歳/男性

◆所属:南西領陸軍


通称ヴァン。前線部隊に配属されたばかりの士官学校の新卒。リンセル家は海軍士官を多く輩出する家柄だが、本人曰く「伯父さんが恐いから陸軍に来た」。でも本当は船酔いするからである。実は馬にも酔う。

一見してそんなに強そうには見えないけれど実力派のダークホース。士官学校の剣術の成績は一、二を争うレベルだった。なお座学に関しては下から一、二を争うレベルだった模様。


◆初登場回:12章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆プリシラ・ホーリーバーチ

◆20歳/女性

◆所属:南西領陸軍


通称プリス。ロザリア、リアンセに続くホーリーバーチ家三姉妹の三女。お姉ちゃんたちが大好きで、リアンセが父親を見限って西方領を出奔するとき一緒に家を出てしまった。

11歳で家をでた娘を心配して母親は父に内緒で送金してくれたのだが、そのお金で「神学校に通う」と嘘をついて陸軍士官学校を卒業。

性格は明るく大胆で、良くも悪くも自分に正直。

陸軍広報部徴募部隊所属。ヴァンとは士官学校の同期の間柄。


◆初登場回:12章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆アイオラ・コティー

◆26歳/女性

◆所属:南西領陸軍(解放軍)


南西領陸軍の歩兵部隊指揮官で、階級は中尉。弓術・馬術に秀でるほか、詩人の才をも併せ持つ画伯。特に男性同士の濃厚な接触の模様を描いた画を得意とし、それらの作品は女性士官たちの間でひっそりと流通している。

反乱によって中隊を追われたのちは手許にある過去作と新作を火にくべてから都解放軍に合流。「いつどこで討ち死にしようともこれで私の秘密は守られる」と思ったようだが、まさかこんなところでバラされているとは夢にも思うまい。


◆初登場回:20章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ララセル・ハーティ

◆24歳/女性

◆所属:南西領陸軍


エーリカの専属護衛で、侍従長を兼任する。階級は大尉。クールビューティーなので周囲から勝手に有能そうだと期待されるけど、何かが人よりずば抜けているわけではないので結局勝手にがっかりされる。

冷たい印象の見た目に反して性格は至って素朴で素直。「あっち向いてホイ→」ってやったら全く何の疑問も抱かずに顔を「→」ってやっちゃうくらい素直。褒められて伸びるタイプだと思う。かわいがってあげて……カワイガッテアゲテ……カッ…………カワイガッ…テ…………………………カ……………ゲテ……………………。


◆初登場回:21章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆エーリカ・ダーシェルナキ

◆18歳/女性

◆所属:南西領ダーシェルナキ公爵家


ダーシェルナキ家の第二子。こじらせてるシスコン。

グロリアナ領主ゼラ・セレテスに言い寄って困らせているけど自分は四十手前のトリエスタ伯に言い寄られて困っている。

それではトリエスタ伯に一言

「死にさらせですわ!」

口汚ぇですわ。

そして怖くて誰も指摘しないんだけどインテリアの趣味が悪い。


◆初登場回:10章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ミサヤ・クサナギ

◆31歳/女性

◆所属:ソラート神官団


ソラート神官団二位神官将補。農民の出だが村をあげての推挙と資金援助を得て高位聖職者になる夢を叶えた地元大好きお姉さん。それでは南東領ソラート地方のいいところを語っていただきましょう。



「ソラートの富の源は潤沢な湧き水にある。平原を裂いて流れる水と温暖な気候は滋味豊かな作物を育て、その地方の最も貧しい村の民ですら、まず飢え渇くということがない。澄んだ空気と穏やかな野山に囲まれた環境が人を朗らかにすることから療養地としての人気も高い。かくいう私の夫も、喘息の治療のため幼少期に都から移り住んだ口だ。田舎にありがちな排他的な空気もソラートにはなく、そのため移り住む者がもたらす知識や技術が容易に根付き、その地をさらに住みよい場所にするのだ。無論、これほど恵まれた土地であるから、無闇に野山を切り開いたり、または武力で支配しようとする者たちも多くいた。一つはっきり断っておきたいのだが、住民が温和であることは、侵入者や圧政者への従順とは結びつかない。歴代の……(※これがあと30分続く)


◆初登場回:15章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆ゾレア

◆14歳/女性

◆所属:ソラート神官団


ソラート神官団の従軍歌流民。浮世離れしたミステリアスな少女(※ぼーっとしているだけだ)。


歌流民とは、野山に身を置く流浪の民。大陸中に散らばる彼らは共通する生活様式を持っており、すなわち氏族の歌い手は、歌うときしか声を出さない。

ゾレアの氏族は戦時に歌を売るのみでなく、平時にキノコや薬草を原料とする丸薬を作っていた。歌流民の神秘の力で病が癒されるという思い込みによって服用者の本来の自然治癒力を引き出し、さも薬が効いているかのように見せかけるただの黒い粒である。人体って不思議。

ソラートの住人たちは知っているので買わない。「本体価格よりレジにて20%オフ」とか言われても買わない。


◆初登場回:15章

◆シリーズの他の登場作品

 なし

◆エルーシヤ

◆17歳/女性

◆所属:-


ゾレアと同じく歌流民の少女であり、歌うときにしか声を出さない。その生活で得た不思議な感性を有しておれど、中身は普通の女の子。田舎暮らしが嫌になって逃げてきてしまった。今は陸軍広報部のプリシラ・ホーリーバーチ少尉と行動を共にしている。


都の星獣祭で配られる胡桃の護符は、北ルナリアやグロリアナの山塊を塒とする彼女の氏族が歌によって清めながら作るものだ。胡桃の可食部はクッキーにしてグロリアナの周辺で売られる。商品名は「グロリアナに行ってきましたクッキー」とかだろうか。知らんけど。


ちなみに「エルーシヤ」は歌流民の中でありふれた女性名であり、『失語の鳥』の番外編に出てくるエルーシヤとは完全に別人。


◆初登場回:12章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆マナ

◆14歳(※肉体年齢)/女性

◆所属:-


旅の途中でミスリルが出会う謎めいた少女。自称ミスリルの娘。もし本当に娘だったらミスリルが11歳のときの子になるのだが、当然ながら彼に心当たりはない。心当たりどころか女性と手を繋いで街を歩いたことすらない。

14歳という年齢は推定であり自称。なお生まれてきたとき既に14歳だった。


◆初登場回:6章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆シンクルス・ライトアロー

◆25歳/男性

◆所属:ヨリスタルジェニカ神官団


ヨリスタルジェニカ神官団正位神官将。政争によって傾きかけた西方領の名家の嫡男で、家の再興のために父親によって南西領に送り込まれた。古風な喋り方が特徴だが、ここだけの話普通に喋ろうと思えば喋れる。


過集中と注意力散漫を繰り返す。黙ってさえいればとても美形なのにいらんことまでよく喋る。実家は太いが傾きかけている。頭が良くて弁も立つけどこれっぽっちも自重できない。

そんな残念なタイプの天才だが、物事は前向きに考えよう。

普段はあちらこちらに興味の対象が移ろうが、並外れた集中力を発揮した際の成果は素晴らしい。近寄りがたいほどの美形だが、中身は気さくで親しみやすい。実家も傾きかけたとはいえまだ太い。自然に振る舞うだけで目立ってしまうのは自信家で聡明だからである。

残念なタイプの天才なのではない。

天才なタイプの残念なのだ。


◆初登場回:5章

◆シリーズの他の登場作品

   1作目『壊れた太陽の王国』

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ロザリア・ライトアロー

◆25歳/女性

◆所属:ヨリスタルジェニカ神官団


正位神官将夫人。シンクルスの妻であり、リアンセとプリスの姉。西方領出身。

シンクルスと初めて顔を合わせたのは三歳のときで、このとき既にライトアロー家とホーリーバーチ家の第一子同士として結ばれることが決まっていた。

親同士が決めた結婚とはいえ、成長に従い二人は自然に惹かれあうようになった。

政治的なごたごたから逃れるべく、ロザリアとシンクルスは南西領の神学校に入り直すことが決まり家を出る。同じ時期に、リアンセは父親の当主としての資質に疑問を抱き出奔。

家族喧嘩の最中に妹のリアンセ(脳筋)がカッとなって父親の頭を壺でぶん殴り、心配して見に来たシンクルスが我慢できずに腹を抱えて笑うのを見て以来「実はこの人ちょっとバカなんじゃないか」と思っている。


◆初登場回:5章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

◆レグロ・ヒューム

◆34歳/男性

◆所属:シオネビュラ神官団


シオネビュラ神官団二位神官将。

独特の個性と落ち着きなさゆえに生家では「将来の見込みなし」と冷遇されていたが、実際大人になったら兄弟の中で一番有能だったというオチがつく。たぶんヒューム家はもう終わっとる。

他のことはともかく仕事はできるというタイプ。

何故かしら自分のことを美男子だと思っている(根拠不明)。


◆初登場回:7章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆メイファ・アルドロス

◆32歳/女性

◆所属:シオネビュラ神官団


シオネビュラ神官団二位神官将補を務めるクレイジー長広舌。南西領陸軍のフェン・アルドロスの妹。

アルドロス家の後継がフェンとメイファしかいない事実からお察しいただける通り、もうアルドロス家も終わっとる。

人間としての中身に関しては姉より多少マシなレベル。

甲冑の上から乳首の位置を当てる能力を持っている。


◆初登場回:1章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ニコシア・コールディー

◆29歳/女性

◆所属:シオネビュラ神官団


シオネビュラ神官団三位神官将。真面目で責任感が強い性格。二位神官将に対する態度が横柄だが、これでもかつては敬意を払っていた。

出身もシオネビュラ西部で、居城である西神殿の近くに妹夫婦が住んでいる。市内巡行の際など幼い姪が「おばさまー!」と手を振ってくる。

「お姉さまと呼べ」と思っている。


◆初登場回:7章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ミオン・ジェイル

◆25歳/男性

◆所属:シオネビュラ神官団


シオネビュラ神官団三位神官将補。神学校卒業から僅か一年で現在の地位に抜擢された経歴を持つ。振る舞いは優等生然としているが口が悪い。

ジェイル家は家格が低く、神学校には長男である兄しか通えないはずだったが、武芸と学問の両方で兄より優れていることを証明し、進学の権利を勝ち取った。この生い立ちゆえに成果主義者である。

現在の地位を得てから両親は掌を返してちやほやしだしたが、家督を継ぐ気はない。ジェイル家も終わっとる。


◆初登場回:7章

◆シリーズの他の登場作品

   2作目『鳥籠ノ国』

◆ゼラ・セレテス

◆25歳/男性

◆所属:ソレリア民兵団


グロリアナ領主にしてソレリア民兵団代表。セレテス家は吹けば飛ぶような底辺領主(((失礼)))ながら、質実剛健を旨とする家風によってグロリアナ領を堅実に治めてきた。

セレテス流炎剣術の継承者。一子相伝なので、ゼラが死んだら剣術も絶える。


性格はやや強情で、数年前に自分で育てた野菜を上流貴族の客に供したところ「痩せた土で育った貧乏くさい味」と馬鹿にされ、「嫌なら召し上がらなくて結構でございます」と言って皿を下げ父親にこっぴどく怒られた。

以来、気にいらない客に対しては問答無用で畑を手伝わせている。


◆初登場回:3章

◆シリーズの他の登場作品

   なし

付録◆アースフィア世界の度量衡


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◇長さの単位


基本単位はセスタセリオン。地域や職業によってセスタ尺とセリオン尺が使い分けられる。


1セスタ=2.5㎝

1セリオン=7.5㎝

1リセスタ(1リセリオン)=1/10セスタ(1/10セリオン)

1ニ―セスタ(1二―セリオン)=100セスタ(100セリオン)

1デセスタ(1デセリオン)=100ニーセスタ(100ニ―セリオン)

1クレッセスタ(1クレッセリオン)=10デセスタ(10デセリオン)


言語生命体たちが地球で創造主たちと暮らしていた時代、言語生命体の独立をかけた戦に異を唱え、地球人信仰を保つよう呼びかけた姉弟がいた。

姉の名はセスタ。弟の名はセリオン。

二人は同胞によって捕らえられ、両手をすりおろす拷問にかけられた。

救出されたとき、セスタの手首の関節より先の長さは2.5㎝、セリオンは7.5㎝しか残っていなかったと伝えられる。


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◇重さの単位


基本単位はケララ

ケララは麦をさす言葉だが、教会の伝統において典礼及び典礼聖歌を意味することもある。


1ケララ=2.5g

1リケララ=1/10ケララ

1ニーケララ=100ケララ

1デケララ=100ニーケララ

1クレスケララ=10デケララ


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◇体積の単位


基本体積はダータ。野蜜の意であり、血液ないし精液を暗喩する。


1ダータ=25ml

リダータ=1/10ダータ

ニーダータ=100ダータ

デダータ=100ニーダータ

クレスダータ=10デダータ

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