合流
文字数 2,358文字
月環同盟軍は狭い山道を踏破して、都を守る城壁前に到達した。
城壁には七つの門と聖人像がある。山肌に沿って築かれた都は天然の要害によって守られており、同盟が眼前にする城壁の西端は深い渓谷だ。蜘蛛の星獣がケーブルを行き来するその渓谷は、リアンセとシルヴェリアが初めて会った場所だった。城壁の東端もまた断崖で、都を流れる運河と天然の河川が合流し、瀑布となって深淵たる闇に流れ落ちている。
長大な城壁の前には水堀があり、さらにその手前には百を越す
月環同盟軍の工兵隊は、重歩兵部隊の支援を受けながら立坑を埋める作業を続けていた。
「昼となく夜となく」
シンクルス・ライトアローの耳には、城壁を守る日輪連盟軍の弓矢の唸り、それを防ぐ月環同盟軍の重歩兵たちの盾の音が聞こえていた。
「よくぞ工兵たちは働くものだ」
「昼となく夜となく、だと?」
城壁の西端の渓谷を、蜘蛛のケーブルを横目に進みながらシルヴェリアが応じた。
「シンクルスや、笑えぬ冗談はよさぬか」
夜は何日も彼女らの頭上に横たわったまま、明ける気配はなかった。
渓谷の細道を、十一人が一列になって前進していた。
先頭はリージェス。その後ろにリレーネ。ヨリスタルジェニカの正位神官将シンクルスとシルヴェリアが二人に続く。シルヴェリアの背後はフェンが守っていた。フェンの後ろにはミスリルとリアンセ。アエリエも同行し、当然マナもいる。マナの後ろに歌流民のゾレア、最後尾にはソラートの神官ミサヤがついていた。
神官は絶対に同行すべきとシンクルスが主張し、シルヴェリアも異を唱えなかった。
そのシンクルスだが、ミサヤと顔合わせをしたときには、タルジェン島の戦いの顛末を惜しげもなく種明かししたのだった。
シオネビュラ神官団よりモラン造船技師を
借り受けた
シンクルスは、直ちにタルジェン島の造船設備の見直しをさせ、海上輸送力の増強を急いだ。その上で領海内の無人島をタルジェン島の異変を目にしたミサヤがシオネビュラに旅立ち、それが帰らぬのを確かめて、ヨリスタルジェニカの神官兵たちは夜陰に紛れて本島に上陸。ソラート神官団を一網打尽にしたのだ。連絡船一艘も漏らすことなく。
何故手の込んだ真似を?
ミサヤの当然の問いに、シンクルスは平然と答えた。
ある種の聖遺物に触れた者は消える。もしその情報が真であれば、シオネビュラはタルジェン島で起きたことを知ろうと、どんな理屈をこねてでもソラートと手を結んだだろう。そうならなかったということは、情報は偽であるということ。姿を消したミスリルたちが生きていることも、この時点で確信したという。
「ここだ」
黙って歩いていたリージェスが、一本の枯れ木の前で足を止めた。そこには十一人が押しかけられるだけの空間があり、木の枝には目印の布が結び付けられていた。天籃石の白色光に照らされるその布は、赤色をしていた。
リージェスが背負っていたシャベルをおろし、両手で土に突き立てる。
そのまま十一人は沈黙した。
「都からも三人来ると聞いた」と、シンクルス。「どなたが来られるのだ?」
シルヴェリアは不機嫌だった。
「知らぬ」
点滅する白色光を視界の端に捉えた。リージェスが顔を向けると、ケーブルを滑り降りてくるゴンドラが光の出どころだった。リレーネが天籃石を掲げ、手をかざして点滅信号を返した。
ゴンドラが十一人の前に下りるまで、それに乗る三人の相貌はさだかではなかった。が、まずリージェスが、次にミスリルが驚きに息をのんだ。
「パンジェニーじゃないか!」
リージェスがシャベルから手を浮かせる。
「リージェス! あんた生きてたんだね!」
「それは俺の台詞だ。今までどこをほっつき歩いてたんだ」
「コブレン自警団の世話になっててさ。自警団がエーリカ殿下の保護下に入ったからあたしもついて来たわけ」
パンジェニーに同行するのは、都解放軍のリーン・イマエダ大尉。そしてもう一人。
ミスリルはゴンドラをおりた最後の一人の前に歩み寄った。
「テス」
アエリエと再会したときのような喜びがないことにミスリルは困惑した。
どうしていいかわからない。
団長は、ミスリルの師は、ミスリルを始末させるつもりでテスを送り出したに違いない。
「密書を読んだ」
テスはじっと目を伏せていたが、眉毛を震わせた。
「自警団に合流したのか?」
「いや」
思わぬ返事だった。
「団長のもとには戻っていない。今は都解放軍にいる」
「都解放軍から派遣されて参りました、リーン・イマエダ大尉です」
リーンが前に進み出た。
「我らがここに辿り着けるよう、オーサー殿が暗殺者の知恵を用いて手引きしてくださいました。……お久しゅうございます、シルヴェリア殿下」
シルヴェリアはリーンを一瞥したが、返事はせず、サーベルの鞘に手を置く。
それを抜いた。
「それで貴様は」サーベルはパンジェニー・ロクシの喉にぴたりと突きつけられた。「誰の差し金で来た?」
「第二公女殿下、エーリカ・ダーシェルナキ様によって」
この反応を予期していたパンジェニーは、唾を飲み込んで受け答えた。
「……一部始終を目にし、必ず生きて帰るようにと、都解放軍のアセル・ロアング中佐殿の紹介状を携えて参りました。ご査証ください」
「査証するまでもないわ。ロアング中佐に仲介させるとはな。エーリカめ、節操もなく誰とでも交渉する奴じゃ」
サーベルは収められた。パンジェニーが息を吐き出しながら肩の力を抜く。
誰ともなしに同じ一ところを見た。
リージェスのいるところ、その足許を。
「……始めよう」
手に力を込めて、リージェスはシャベルを深く土に刺した。