血飛沫ののち
文字数 1,395文字
開け放たれた戸口に立つ返り血まみれのレグロ・ヒュームを、僧兵たちは青ざめた顔で迎え入れた。エントランスに足を踏み入れ、大股で近付く彼に槍を向けようとした兵もいたが、その若い修道僧の肩を叩いて止めさせたのは、他ならぬ修道院長アウェアクであった。
「お話の途中でした」
笑みさえ浮かべて言い放ち、レグロは血を滴らせながら応接室に戻っていく。その背中をアウェアクが追う形となった。目指す部屋に入り、後から来たアウェアクを振り返る。応接室は、先刻レグロが飛び出してから何も変わっていなかった。紅茶は手付かずで、燦々と降りそそぐ日差しは爽やかだ。レグロの顔も体も赤黒く汚れている点が違っていた。
「そう。お話の続きですが」
レグロは座ろうとはしなかった。手には血が拭ききれずに残っていた。
「トリエスタ民兵団が、ひいては日輪連盟があなたに要求したものは何か。金か。武力か。信用か」
「二位神官将殿」アウェアクはテーブルを挟んでレグロの向かいに立った。「何をお話しされるおつもりですかな。これ以上ここに滞在されてはあなたご自身の身が脅かされることを、既におわかりのはずですが」
「これはこれは。院長殿は長居の客がお嫌いと見える」
レグロは目を細めて笑い、血のついた指先でテーブルを軽く叩いた。指紋が残った。
「古今東西、宗教と名のつくところには何故かしら財が集うもの。院長殿、
「その仰りよう。まるで何者かが当修道院の財産を奪い取ろうとしているかのようですな」
「端的に申し上げますと、院長殿には日輪連盟加盟諸都市に対し、他に差し出せるものが何もないのです。武力も、信用も。違いますか?」
アウェアクの目に苛立ちが降り立ったが、冷静さを保って言い返した。
「この歴史ある修道院は、南西領守護神殿の直接の管轄下にありながらトリエスタ市と様々な辛苦を共にしてきました。信用がないというのならば、あの民兵たちは何故この修道院に来たのですかな?」
「今日、トリエスタの民兵たちはこう思うでしょう。勝てると思った戦に負けた。しかもそれを打ち負かした私とあなたが事後に密談したという事実がこうしてあるわけです」
アウェアクの手が動いた。短慮な教師だった時代そのままに、顔は紅潮し、目は釣り上がり、手はもっとも近くにあるものを鷲掴みにしていた。紅茶のカップを。それをレグロに投げつけた。
カップは傾きながらテーブルの向こうへ飛んでいった。中身がこぼれ、テーブルに地図を描いた。レグロの右手が上がる。その人差し指がカップの取っ手部分に収まった。くるりと手首を巻くように、カップの動きを止める。中の紅茶は右に左に揺れ動き、次第にその揺れ幅を小さくしていった。
「この紅茶は」
アウェアクの目は吊り上がったままだが、顔は土気色に変わっていた。テーブルに爪を立てているが、その指は震えている。
「シオネビュラの民の汗の結晶。朝に夕に、慈雨と日の恵みを乞いながら、紅茶の栽培に精を傾けているのです。ゆえに」
見せつけるようにカップを上げる。
「一滴たりとも無駄にはされますな」
そう締めくくり、レグロは冷めた紅茶を一息に飲み干した。