宣戦布告
文字数 1,367文字
三人の客と聖遺物の消失が発覚してからは、タルジェン島『灰の砂丘』神殿は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。出航間際のすべての船が止められ、人が隠れられそうな場所は徹底して捜索された。町には神官兵たちが、山には犬が放たれた。港は混乱に陥り、海の男たちは苛立ち怒号をあげた。
「あの三人は聖遺物をこの場所に捨てに来たのだ」青ざめたシンクルスは、執務室で妻の眼前を行ったり来たりしながら呻いた。「持ち去るとは思えぬ」
だが、いつまでもこの問題につきっきりでいるわけにはいかなかった。昼までに、南東領ソラート神官団からの使者が親書を携えてきたのだ。
親書の内容は、概ね次のようなものであった。
『既知の通りソラート神官団の正位神官将は、祖父の代から北方領リリクレスト家と縁戚関係にあり、現北方領総督が末娘を思い悲嘆にくれる現状に心を痛めている。
行方知れずのリレーネ・リリクレスト公女殿下については、シオネビュラに密かに拘禁されているとの情報が信頼できる筋からもたらされており、当神官団の調査においてもそれを裏付ける結果が出ている。
私は囚われの身となった肉親を一刻も早くシオネビュラより解放せねばならぬと考えており、そのために我が艦隊をタルジェン島及び海域の島々に寄港させていただけるならば、相応の貢物にて返礼する所存である』
この時点で、先の海戦で捕らえたソラート神官団三位神官将とその兵たちの人質交換は四日後に迫っていた。
シンクルスは返信として、先の勝利で得た戦果を華々しく書き連ね、さて、ソラート神官団は多くの海軍力と同盟を結んでいるにも関わらず、シオネビュラ包囲に向けて実際に動き始める気配を見せるものが他にいないのはどういうことかと結んだ。
この挑発的な親書にも、ヨリスタルジェニカ側の使者は斬り殺されることなく帰ってきた。人質交換が翌日に迫っていたからだろう。
ヨリスタルジェニカ側が返還を求める人質は、シオネビュラが要求したモランという名の壮年の首席造船技師、及び彼と共に捕らえられた職人たちと船の乗組員と旅客たちだ。
ヨリスタルジェニカ神官団は、人質交換に際し、タルジェン島に寄港するシオネビュラ籍の船に協力を仰いだ。ヨリスタルジェニカとシオネビュラの協力関係が強固であることを、相手側に印象付けるためだ。武装したシオネビュラの商船は、その役を十分に果たした。
人質交換は海上で行われた。予測された武力衝突もなく、人質を乗せた連絡船が往復を果たした後は、両者とも慎重に海域を離脱した。
異変が起きたのは夕刻であった。晴れて自由の身となったモラン技師が乗るシオネビュラの船を、タルジェン島の艦隊が取り囲み、火を吹くサイフォンを載せた船首を向けて、強引に碇泊させたのだ。
正位神官将シンクルス・ライトアローは、じきじきにシオネビュラ船に乗り込み技師と交渉した。
タルジェン島に残り働くか、強硬にシオネビュラに帰るか、好きなほうを選べと。それが実際には選択などではないことは、ヨリスタルジェニカ艦隊の甲板に並ぶ弩兵たちの姿を見れば明らかなことであった。
翌朝、すべてのソラート艦隊の海域からの撤収を要求する親書をシンクルスは使者に持たせ、送り出した。
それは宣戦布告だった。