目立ちたがり屋の月
文字数 2,971文字
コブレンの高札場は騒然としていた。なにせ今日は朝まで踊り明かす星獣祭の最終夜で、しかもそこには目立ちたがり屋の告知がでかでかと書き殴られていたのだ。
『我らタターリス 古の預言の継承者
コブレンに巣食う邪悪 ジェレナク・トアンを討ち取れり
ここに聖戦を開始する
預言者キシャとタターリスの栄光のもとに』
タターリスは目立ちたがり屋ではない。これはコブレン自警団の手口だ。レミの心は踊った。仲間が帰ってきた! 誰が? 何人?
レミとジェスティ、面倒くさがり屋のアスターも、手分けして十五ヶ所の高札場を見て回った。
書き込みは最初のものも含めて六つあった。他の五つは、コブレンに駐留する日輪連盟の重役や将軍に対する殺害予告だった。
日輪連盟はコブレンを自分のものにするにあたり、古くからある殺し屋市場を浄化しようとしている。自分たちでコントロールできる新たな殺し屋市場を形成するためだ。この宣戦布告は潰しのよい口実となる。
だが今重要なのは、書き込みにあった六人の異なる人名だ。この頭文字を入れ替えたら、本当にコブレン自警団の仕業であれば、一つの合流場所を示唆するはずだ。
示唆はされた。
『
レミたちは仲間を
※
陶房へ急ぐのはレミたちだけではなかった。人数で勝るコブレンの暗殺者集団の元締め組織、タターリスの暗殺者たちが先に暗号を解読し、陶房の様子を見張るべく、必要であれば刃を血で染めるべく、『緑青の猫の陶房』へと真っ暗で路面の凍りついた路地を駆け抜けているところだった。男が二人に女が一人、少女が一人。少女はアリー、亡きエーデリアの妹分だった。
先頭の男が路地の四つ辻で盛大に転んだとき、圧雪に足を滑らせたのかとアリーは思った。が、二人めの男がすぐさま剣を抜き、何者かに斬りかかった。倒れた男は首から血を噴き出していた。そして、二人組がアリーたちの前に対峙していた。
「悪いけど」楽しそうに、現れた男の一人が言った。長柄武器を肩に担いでいる。血に濡れた戦斧と月牙が天球儀の光を集めていた。「この先は行かせないよ」
もう一人の男が反撃の刃を弾き返す。
「オーサー一門の双子か」
雪と天球儀の光で人相を見極めて、タターリスの女暗殺者が吐き捨てた。
「死んだと思っていたぞ」
トビィは月牙を上段に構え、微笑んだ。
「真実の愛に目覚めて蘇ったんですよ」
「気色の悪いことを言うな!」
アリーは舌打ちした。
「ああいうヘラヘラした男、大っ嫌い」
「マジ? 俺アリーちゃんのことめっちゃ好き」
「もう一度地獄に送ってやろう」
タターリスの暗殺者が、仲間の死体を飛び越えてアズの胸に飛び込んでいく。繰り出された突きをアズは難なくかわした。
「俺ね、愛する女性には
「花などいらん!」
「勘違いしないでほしいなあ」
刃を交えるアズと殺し屋の横で、トビィは人差し指を立てて横に振った。
「あなたが花ですよ」
「アリー、戻れ」女暗殺者は少女に指示した。「ジェノスにこのことを知らせるんだ!」
アリーは背中を見せて逃げ出した。
※
『緑青の猫の陶房』は荒れ果てていた。猫の陶板はかち割られ、煉瓦の塀は星獣兵器の暴走によって破壊されていた。陶房内部の様子を窺うことはできなかったが、必要なかった。
陶房のかつての入り口には、手向ける花のように三つの生首が置かれていた。男が二つ、女が一つ。どれもタターリスの熟練の暗殺者で、レミたちはその顔を知っていた。
当然のことながらレミは困惑した。なんだこれは。私は手向ける花が必要な貴婦人じゃないぞ。
陶房の入り口で、レミは仲間を振り向いた。ジェスティは居心地悪そうで、アスターは腹の立つにやけ顔。いつもの音楽の幻聴を聞いているのだろう。それか、表通りの街角で本当に奏でられている音楽を聴いているのだ。人々が歌っている。そこへ、日輪連盟の兵士の怒鳴り声が割り込んできた。音楽がやみ、民衆の不満の声が湧き上がった。
「この首はオーサー師が?」
既に合流しているオーサー師とレンヌに、レミは目を向けた。オーサー師は白いため息をついた。トビアスめ、余計なことを。奴こそ目立ちたがり屋だ。
「場所を変えよう」
それを返事の代わりとした。
民衆の不満は膨れ上がり、星獣祭最終夜の盛り上がりを妨げる日輪連盟への怒りに発展しつつあった。悪いことが起きる予兆を肌で感じながら、レミたち五人は少し離れた区画の煉瓦倉庫の中に腰を落ち着けた。ここでも照明はなし、暖をとる火もなしだ。
オーサー師はコブレンに戻った経緯を手短に説明した。
「いずれにしろ市門は閉鎖された。星獣兵器に関わる顛末をエーリカ殿下に報告することはできん」
オーサー師は両手をこすりあわせ、摩擦で熱を取った。
「タターリスの動向はどうだ?」
レミの答えの内容はトビィの報告と同じだった。
「コブレン自警団に成り代わろうとしています」
「具体的に何を?」
「市民への炊き出し、物資の提供などです。しかし奴らもそれらを定期的に行う資金力がないようです。最後に炊き出しが行われたのは二週間も前です。他には商店などに金の貸付を行っている様子がうかがえます」
「ま、どこからか搾り取ってるんでしょうけどね」
アスターが口を挟む。オーサー師はアスターをちらりと見、隣で全てを聞いているレンヌ、ジェスティと、レミに視線を走らせた。
「お前たちにタターリスを潰す策はあるか」
「その気になれば簡単です」アスターは薄笑いを浮かべた。「次に市民への炊き出しが行われるとき、毒を混ぜればいいんですよ」
「アスター」レミはすかさず言った。「殺すぞ」
レミのぎらつく目の光を背景に、倉庫の煉瓦の壁はしんしんと冷気を放ち、外では星獣祭最終夜を楽しみたい市民と彼らを解散させたい日輪連盟軍の言い争いが続いていた。
アスターは肩をすくめ、オーサー師が次の質問をした。
「タターリスの資金元は?」
待ってましたとばかりにジェスティが答えた。彼女の担当分野なのだ。
「日輪連盟が行うコブレン復興工事の入札に、子飼いの職人組合を食い込ませようとしています。ですが入札にはコブレンにもともとある団体には不利な条件がつけられています。日輪連盟から過去に物資を調達した経歴があること。これによって最初の入札は全て日輪連盟の配下の組合が独占しました。さらに二回めの入札条件には、コブレン市内で復興工事の業績があること、との文言が付け加えられました。タターリスをはじめとする闇組織を排除するためか、コブレンに金を落とすつもりがないだけかはわかりませんが」
「最初の入札に不正があった証拠はあるか?」と、オーサー師。「日輪連盟への金の還流は確認できているか?」
「それは……」ジェスティは途端に元気を失った。「そこまでは、私たち三人だけではとても……」
「五人でも難しいと思うよ」
アスターが言い終えたときだった。
外で一斉に悲鳴、どこか歓声に似た悲鳴があがった。
五人は目配せし、順に立ち上がった。
まずレミが、倉庫の唯一の出入り口を細く開けた。思いもしないまばゆい光が差してきた。
空を見上げたレミは、驚くべきものを見た。