戦おうではないか!
文字数 1,644文字
その幼くも貴い客人がシオネビュラに逃れついたのは、都でのクーデターから六日が過ぎた夜だった。名はウィーゼル・ダーシェルナキ。投獄された前総督シグレイ・ダーシェルナキの公式の末女で
ウィーゼルを僅かな侍女と共に都から脱出させた功労者は、名をピュエレット・モームという。南西領陸軍司令部に長く身を置く五十代の女性士官で、階級は大佐。シルヴェリアが一個師団の長を務めていた際には師団本部の参謀長として側に仕えていた。
モーム大佐はシオネビュラ神官団に迎えられると、ウィーゼルの幼い体を休めさせ、自身は南神殿にてメリクル正位神官将と記録に残らぬ談話をした。
数日のうちに、都の現状に関するまことしやかな噂がシオネビュラ中で囁かれ、商人たちによって隊商の経路に広められていった。
曰く、革命に賛同できぬ多くの将兵が、堅牢無比で知られる城塞都市中トレブレンに集結しつつあり、革命軍が都の制圧状態を維持するのは
曰く、南西領内の月環同盟諸都市が都を救済すべく動き始めており、既に領内に入り込んでいる日輪連盟軍の補給が断ち切られつつあること。
さて、末の公女ウィーゼルの救援を求めたモーム大佐がいかほどの額の支払いをシオネビュラ神官団に約束し、その調達ルートについて納得のいく説明を果たしたかは、神官団と運命を共にする貴族や市民はおろか、下位神官たちにさえ
「シオネビュラ市民の皆様、私ウィーゼル・ダーシェルナキは反逆者たちの刃を逃れ、ここシオネビュラに庇護を求めて参りました。このシオネビュラの市民たち、議員たち、商人たち、船乗りたち、神官たちが、勇敢で賢く、力強い人々であると聞き及んでいたからです」
語るうちに公女の舌も回るようになり、群衆は咳払い一つせず耳を澄ませた。
「私はここに身を屈めて願います。どうか南西領の正当な総督である我が父の地位を回復し、逆賊を討つために力をお貸しください。そうして共に手を取り合い、連盟を討とうではありませんか!
南西領の健全な経済の回復は、私とあなた方の共通にして喫緊の課題であると心得ております。そのために共に逆賊を平定し、実り多い我らの大地から扇動者を除き、その軍勢を領地の境の彼方へと押し戻そうではございませんか!」
ここでウィーゼルの声が途切れた。原稿の後半を忘れてしまったか、緊張のあまり貧血を起こしつつあるのか。
だが、代わりにメリクル正位神官将の声が広場を雷のように打ち据えた。
「戦おうではないか!」
これが決め手だった。沸き立つ歓声。人は獣のように声をあげた。手を打ち、足を踏み鳴らした。ウィーゼル・ダーシェルナキがヤン・メリクルとの間に契約の調印を済ませたのは翌日のこと。
戦はとうに、一地方での小競り合いでは済まなくなっていた。