再会
文字数 2,371文字
風がやや強すぎるほかは、並木道は理想的な快適さだった。雲ひとつない空の下で、黄色く色付いたイチョウの落ち葉が、荒れた路面の凹凸を
難民たちの視線から行列を遮蔽するものはイチョウ並木しかない。木々の合間から注がれる視線を、ミスリルは警戒し続けていた。
コブレンを脱出したあと、山伝いに小さな村をたどって都を目指すか、それとも街道の町々を伝い、関所を抜けて正規のルートで都を目指すか選択しなければならなかった。ミスリルは正規のルートを選んだ。四ヶ月前にコブレンの入城証明を手に入れたリージェスとリレーネの二人組も、きっとそうしただろうからだ。
月環同盟軍に対する市内での身分証明のため、旅券を持ち歩いていたことが幸いした。自警団の旅券ではない。調達部門の職人が偽造したコブレン市民の旅券だ。マナの分も偽造しておいてよかったと心から思う。だが、旅券を使うのは賭けだった。確実に足がつくからだ。
隣にはアエリエがいて、一緒に列に並んでいた。二人の間にはマナがいた。テスもここにいてくれればよかったと思う。諦めるしかなかった。あの状況でテスを探して連れてくるなど不可能だったのだから。
自警団は追っ手を放つだろうかとミスリルは考えた。もしも誰かが追ってくるのなら、一人では来るまい。最低でも二人。アズとトビィだろう。
一家族分、列が前に動いた。三人は僅かに進む。話題も尽き、三人とも無言だった。特にマナは疲れていた。
ミスリルは追っ手について懸念する。
腰帯には三節棍が差してあった。奇襲性の高い武器で、自警団の外では大いに頼れるが、かつての仲間たちには通用しない。この武器を見慣れており、弱点も知っているからだ。三節棍は、布を絡ませるか、
だがトビィは、どういう思惑のもとでミスリルたちを逃したのだろう?
言葉にならない声が聞こえた。マナが口に手を当てて、大きくあくびをしていた。次に、マナの胃が「ぐぅ」と音を立てた。
マナは顔を上げて、血色の悪い顔でミスリルと視線を交わした。次に彼女はアエリエと目を合わせた。三人は気の抜けた微笑を交わす。マナには最低限の食事を与えていたが、それも最後は昨夜のこと。空腹と疲労に耐性のあるミスリルとアエリエは、この二日というもの、水しか口にしていない。
「もうすぐよ」アエリエが微笑んだまま言った。「ここを通過したら、あそこの町で食べるものを買いましょう」
丘の上に立ち並ぶ家々の壁と屋根とが、並木の向こうに見えていた。
「そろそろ金を稼ぐ方法考えないとな」
「私だったら何の仕事ができるかな」
この年頃の少年少女が身につけていそうな技能を、マナは何も持っていない。掃除すら危うい。ミスリルは襟足が伸びた赤茶の髪に指を入れ、空を仰いだ。
「そうだなぁ……」
答えが出ぬままに、三人は門が平原に落とす冷たい影の中に入った。間もなく彼らの番がきた。
「目的地は?」
偽造された旅券は、疑われることなく返ってきた。
「親戚の家に
この部隊もコブレン攻撃に加わるだろうかとミスリルは考えた。質問した女性伍長が、アエリエにも旅券を返した。
「あなたは?」
「私も同じですよ。この子もね」
「あなたたち、どういう関係なんです?」
三人の旅券には、全く関係ない名前が書かれていた。ファミリーネームもばらばらだ。
「
「
兵士たちと女性伍長が訝しむような目つきに変わった。
「ああ、その」ミスリルが弁明する。「籍が違うんだ。両親が離婚して、別々に引き取られたんでね」
「それにしては似てなさすぎですね。じゃ、聞きますけどどっちが年下なんです?」
ミスリルがアエリエを指差して「こっちが妹だ」
アエリエがミスリルを指差して「こっちが弟です」
それを同時にやってのけ、ミスリルとアエリエはマナを挟んで互いを指差したまま見つめあった。
伍長が声を震わせた。
「あのですねぇ……」
門の中の階段を、ささやき合いながら二人分の足音が降りてきた。何の気なしに目を向けたミスリルは、階段から地上部へ出てきた見上げるほどの大男の姿をまず見た。
士官の腕章をつけたその男の陰に、ピンクゴールドの色彩があった。女性の髪だ。見覚えがあった。
視線に気がついて、女性が男の陰からミスリルに顔を向けた。目があった。衝撃に打たれ、ミスリルは言葉を失った。
リタ。
どうしてここにいる?
タルジェン島に向かった上流家庭の娘と、どういう偶然で、内陸の検問で鉢合わせ得るというのだろう?
だが、驚いたのは相手も同じだった。
「どうしてあなたたちがここにいるの!?」
タルジェン島で消えたミスリルとアエリエの
今や検問を行う伍長も兵士も、黙って成り行きを見守っていた。どうするべきか、リアンセは考えた。コブレンには行く予定だったが、このような形で再会するなど全く想定外だった。
彼らはリアンセの名を、リタ・グラントだと思っている。
ここでどうすべきか判断する間もなく、傍らのカルナデル・ロックハートが暴露してくれた。
「リアンセ、どうした? 知り合いか?」
ミスリルは眉を寄せた。
「『リアンセ』?」