停戦受諾
文字数 2,198文字
いよいよ月環同盟が都防衛の最前線を突破したことが知れると、都にいる日輪連盟の兵士たちは、家族に向けて手紙を書き始めた。売春宿はどこも満室となった。憲兵隊宿舎は既に憲兵隊に引き渡されており、捕虜の憲兵と引き換えに解放されたゼフェルの後継軍の反徒は、雪煙る都のほうぼうに姿を消していた。
保安局本部にはリグリー率いる一部隊が取り残されていた。停戦の取り決めにより、星獣祭が終わるまでの食糧の搬入は許されていた。
だが、武器の搬入は許されていなかった。
※
ダン!
アセルの拳がテーブルを殴りつけた。都解放軍とゼフェルの後継軍が会合に用いる貸切のレストランで、
アセルの怒りは激しかったが、声は静かだった。
「よくもやってくれたな」
カーテン越しの光が二階の一席を淡く浮かび上がらせていた。異様に長い昼が続いていた。最後の太陽を楽しめと言っているかのようで、不吉だった。
「憲兵隊宿舎を占拠してなんになる?」
アセルはコルを詰めようとしているが、コルは、少なくとも見かけ上は、悠然と構えていた。
「宿舎の占拠に戦略的な価値など何もない。どうせ象徴行為なら、保安局本部にその戦力を集中させるべきだったのだ。貴様は憲兵隊宿舎で五十七人の部下を犬死させただけだ。五十七人!」
顔をしかめるだけのコルに、なお詰め寄る。
「わかっているのか。この五十七人の死にはなんの意味もなかった。せめて宿舎の占拠について事前に相談することはできなかったのか」
「我々の行為には、五十七名の同志の死を補ってあまりある価値がある」
コルは咳払いをした。
その言葉を完全に否定しきれないことこそが、アセルの怒りの一因だとミルトはわかっていた。口を挟む。
「停戦について日輪連盟から提示された条項は四項目――」
ミルトの声にコルが言葉をかぶせる。
「日輪連盟から? エーリカからだろう。アランドとパンネラはエーリカが提示した停戦協定に怒り心頭だと聞くが」
「そんなものは噂だ。構わん、ミルト中佐、言え」
「まず第一項。ゼフェルの後継軍は正規の軍隊として承認され、戦争法に従って遇される」
当然だと言わんばかりのコルの顔。ミルトにも、アセルの怒りと苛立ちが伝染しそうだった。
「第二項。停戦期間中、保安局庁のゼフェルの後継軍による占領状態の維持を認める。第三項。停戦期間中、ゼフェルの後継軍及び日輪連盟軍は互いを攻撃しない。第四項。両軍勢は、以下に規定する道路の通行を妨害しない」
ミルトは規定された道路を読み上げることはせず、書面をコルに向かって差し出した。それは停戦協定への受諾を正式に認めるための書状だった。
「受諾を願います、コル殿。あなた方はこれほどの譲歩を日輪連盟から引き出した。エーリカ・ダーシェルナキの一存だとしても、そんなことは問題にはなりません。あなた方は十分に
「永遠の平和にはそれ以上の価値がある」
ミルトは今にもアセルが殴りかかるのではないかと冷や汗をかいたが、一瞥したアセルの横顔は冷ややかで、こう語っていた。この男は馬鹿だ、この男に率いられる者も馬鹿だ、と。
コルは続けた。
「今にも裁きが下ろうとしているのだぞ。もう時間がないということがわからないのか。我々は一刻も早い平和を実現し、悔い改めて地球人に赦しを乞い願うほかなかろう。たかが一時の停戦だと?」
賢明にも、アセルは下手に口を開こうとせず、コルの相手をミルトに任せて椅子に腰を落ち着けた。
「コル殿、妥協するときは妥協していただきたい」
ミルトは精一杯に相手を尊重した言葉遣いで説得を続けた。
「我ら都解放軍は、戦争をしたくてしているのではないのです。それは日輪連盟も同じはずです」
「あなた方は我々に合わせて蜂起すべきだったのだ」コルは話を逸らした。「何故、重要なときに
「日和見を決め込んだのではございません。ただ、あなた方が見計らった時と、我々の見計らう時に致命的な
「あなた方は我らと共に蜂起すべきだった」
頷くわけにはいかなかった。
「コル殿、現状、あなたの部下たちは保安局本部に取り残されている。残留を許されていると表現すれば聞こえはいいが、実質包囲されているのです。停戦期間中の矢の供給もできないでしょう」
「それがどうしたというのかね?」
「我々は停戦条項に、保安局本部に残されたあなたの部下たちの解放を盛り込むよう協議することができる立場にあります」
「保安局本部は捨てん!」
「なればこそ」と、テーブルの上でさらに書状をコルに押し付ける。「協定に署名を。でなければ、あなた方が保安局本部を捨てるときは、あなた方が皆殺しにされるときということになるでしょう」
コルの顔が赤く染まる。ついで青くなった。彼の手許には羽ペンが立てられていた。
「あなた方がここで
その言葉が決め手だった。
コルの右手が動いた。その手は羽ペンを取ると、インクをつけ、歪んだ筆跡で署名をしたためた。
こうして、星獣祭期間中の形式上の平和は約束された。