銀髪狩り
文字数 2,069文字
悲鳴とまではいわぬものの、どよめきが起きた。振り向いたアエリエは割れる人垣、倒れる絨毯、露店からこぼれ落ちるオレンジ、路地から飛び出して反対の路地に飛び込んでいく三人組の男たちを見た。太った男、痩せた男、どちらも獰猛そうで、先頭の商人は鞭を携えていた。
「そっちに行ったぞ!」
誰かを追い回す一行は、路地に入って最初の角を左に曲がった。
途端に横から蹴りを受け、先頭の商人が倒れた。裏返された沢蟹のように短い手足をばたつかせ、ようよう起き上がるのを、二人の従者が見つめた。
「おっと」ミスリルが、冷たい声で三人に対峙する。「こっちは本物の奴隷商か?」
蹴られた腹を手で押さえ、立ち上がろうとする商人の射るような視線を受けながら、テスは頷いた。
「そうだな。殺傷用の鞭じゃない」
横手の建物からは
「奴隷商とは人聞きの悪い。その娘はお尋ね者の政治犯、シルヴェリア・ダーシェルナキだ!」
追われる娘はそっと顔を出し、長い銀髪の間から怯える目を覗かせた。少しだけ振り返り、一目見てテスは否定した。
「歌われるところによると、シルヴェリア・ダーシェルナキの瞳は水色。あの子は茶色だ。それに若すぎる」商人たちは黙っていた。「別人だとわかってやってるな」
黙ったまま、心にまとわりつくような、嫌な笑みを浮かべた。
「歌われるところの全てが正しいと思っちゃいけませんぜ、旦那」
譲る気はないらしい。そうとわかれば十分だ。
二人並べば窮屈な路地で、ミスリルとテスはセレテス邸でそうしたように、剣を鞘から抜かずして、しかしあのときよりひどく前列の二人を打ちのめした。
「あれがシルヴェリア・ダーシェルナキなら」
三人目の男に踏み込み、両手剣をその脳天に叩きつけて、テスはぼんやりした声で言った。
「褐色の肌で銀髪の女は全員シルヴェリア・ダーシェルナキになるな。それとも、それが狙いか?」
男は白眼をむいて崩れ落ちたので、問いかけへの答えは得られなさそうだ。だがミスリルはその言葉に納得した。
「へえ。領民を使った脅迫ってわけか。それで当の公女殿下の心が痛むか知らないが」
二ヶ月も行方をくらましたままなところを見るに、痛んでいなくとも不思議はない。
悲鳴が上がった。かすれ、疲れた、しかし絶望が青黒くにじむ声であった。ミスリルとテスが同時に振り向いたとき、奴隷商の一味であろう男が、梱の陰から少女を引きずり出そうとしていた。
男の後ろから別の少女が飛び出して、その背に体当たりを食らわせた。赤茶の髪が目に焼き付く。マナだ。たたらを踏む男の脇腹に間髪入れず蹴りを打ち込む。
どこでこのようなことを学んだのかとミスリルは考えた。朝夕の訓練代わりの運動やテスとのじゃれあいを見ていたのだろう。舌を巻く思いだった。さすが俺の娘。
が、なにせ体重と威力が足りず、男は倒れることなく体勢を立て直し、マナの腕を掴んだ。ミスリルは慌てて飛び出したが、たどり着くより早く、ようやく駆けつけたアエリエが手にした
本気の突きだったら背骨を粉砕されていただろう。どこからか拝借してきた
「大丈夫か!」
ミスリルはマナの前で屈み、目線を合わせながら肩に右手を置いた。テスはというと、追い回されていた少女に「怪我はないか」と声をかけていた。
マナは、びっくりするほど人間らしく、噛み合った答えをした。
「大丈夫だよ」
単純なやり取りならまともにできるようだ。
足許で男が呻く。
「何かしら?」
と、アエリエ。
「……をどけろ」男は啖呵を切ろうとしていた。投げ出された腕は腕輪や指輪で飾られている。相当儲かっているようだ。「足をどけろって言ってんだ! クソアマ! 殺すぞ!」
途端にアエリエの顔に天使の笑みが広がった。
「あら、失礼。踏んでほしいのかと思ったわ」
せわしない足音が迫ってくる。鎧が触れ合う音がするので陸軍の兵たちのようだ。誰が呼んだか知らないが、検問所にいた語彙力の高い兵士がまず最初に現れて、ミスリルを指差した。
「あっ! 歩く不浄!」
「その呼びかたやめてもらえませんかね」
ただでさえミスリルが彼に与えた心証は最悪であり、さらにこの状況。ミスリルたちが悪者であると判断されるのは当然。勝てるか勝てぬかに関わりなく、抵抗は得策ではなかった。
たちまち三方向を包囲された。兵士の一人が重く告げる。
「武器を置け」
兵士は六人いた。その一人ずつを順に
「言われなくても置くし!」