陸戦/レライヤ城砦の戦い
文字数 1,820文字
都にいる日輪連盟の兵士とは違い、山裾に展開する月環同盟の兵士には、家族に向けて手紙を書く余裕のある者などいなかった。
起伏の多いライラ丘陵を越えた先には、都への最初の関門となるレライヤ城砦が待ち構えている。
日輪連盟の軍団は、重歩兵を前面に出し、城塞を背後に高い位置を確保している。歩兵が騎兵と戦うのに有利な地形だ。
予備部隊を管理するモーム大佐は、試すように、ユヴェンサにこう尋ねてきた。
「星獣兵器はいつ投入されるのかしら?」
「敵は防御に徹しています」ユヴェンサは無難で平均的な答えでかわした。「もしも投入されるとしたら、狭い山道に入る直前ではないでしょうか」
モーム大佐はその凡庸な答えにどうでもよさそうな生返事をし、顔を前に戻した。ユヴェンサは大いに傷ついた。ええ、いかにも私はリアンセ・ホーリーバーチ中尉のような俊英ではないけれど!
星獣兵器が投入されるタイミングだと? それはこちらが聞きたい。コブレンでは、森林に潜む星獣部隊にカーラーンの部隊が蹂躙されたと聞く。今は月環同盟軍の左翼側と背後という絶妙にいやらしい場所に森林が広がっていた。
月環同盟軍は、前列に弓射部隊を置き、中央にシオネビュラ神官団、左翼に南部ルナリア独立騎兵大隊を主力とするシルヴェリアの混成部隊、右翼にミナルタ市など同盟諸都市の混成部隊を配置した。
総指揮官はシオネビュラ神官団が二位神官将、レグロ・ヒューム。ユヴェンサはそのことに不満があるわけではない。が、この戦場はシルヴェリアが熟知する地形だ。レグロにとってそうではない。
戦いが始まると、最初に弓射部隊による一斉射撃が始まった。日輪連盟の重歩兵部隊は、前面と頭上に大楯をかざし、これに耐えた。後列の予備部隊にまで、
それから騎兵部隊による一斉突撃が始まった。
戦いは奇妙な様相を呈した。
後列に位置取るユヴェンサには、丘陵地の起伏と前列部隊に遮られ、最前線の状況を窺い知ることはできなかった。だが、シオネビュラの騎兵隊は、連盟の重歩兵部隊に突っ込むと見せかけては、接触する手前で後退するということを幾度となく繰り返している様子だった。騎兵部隊の後ろに控える歩兵の長槍部隊が全く動かないからそう推測できる。
それがかれこれ一時間は続いている。
日輪連盟はというと、重歩兵の盾の壁を保持したまま、一向に攻勢に転じようとしない。
立ち並ぶ壁に向かって全速力で激突したがる者はいない。それは人も馬も同じだ。ならば弓兵を用いればいいものを、レグロは明らかに出し惜しみをしていた。
連盟がこれほど防御に徹するのは、増援を待っているのではないか。
待機するユヴェンサは不安と焦燥を押し殺す。
丘を打ち据える数千の騎兵の蹄の音、舞い上がる土煙、土煙を浴びながら控える歩兵たち、その背後と左翼の森で、今まさに、星獣部隊が展開しているのではないか。
ついに戦局が動いたとき、ユヴェンサはその嫌な予感が当たったのかと思った。自軍の左翼が崩れたのだ。シルヴェリア率いる騎兵部隊が、陣形を乱し、森に向かって後退していく。何かに驚いて指揮が乱れたように見えた。
目を凝らせば、敵に背を向けて後退する騎兵隊の赤い旗と、騎兵たち、舞い上がる土埃を目視で確認できた。
日輪連盟の防御が崩れたのはこのときだった。後退するシルヴェリアの南部ルナリア独立騎兵隊に向かって追撃が始まった。
追撃する重歩兵たちが、連盟の騎兵に支持されながら丘を駆け降りていく。
その最前列が丘を下り切るのを、レグロは待っていた。
崩れた連盟右翼に向かい、シオネビュラの騎兵隊が今度こそ突撃をしかけた。時を同じくして、シルヴェリアの指揮のもと、南部ルナリア独立騎兵大隊が転戦する。
ユヴェンサは舌を巻いた。
見せかけの退却は、確実に統制が取れていなければ、そして敵が釣られて追走しなければ、成功しない。本来の指揮官であるギルモアが殺害され、副官のレナが逃走した南部ルナリア独立騎兵大隊部を用いて、シルヴェリアは一度しか通用しないその手を見事に成功させたのだ。
温存されていた弓兵もまた攻勢に転じた。日輪連盟は右翼から騎兵の突撃を受け、中央に長弓の嵐を浴びせられる。後退は、連盟右翼から始まった。月環同盟はレライヤ城砦を占拠、ライラ丘陵のほぼ全域を制圧。
都へは、いよいよレライヤ城砦の攻略を残すのみとなった。