たどり着いた先
文字数 2,473文字
アズが半月刀を鞘に収めると、レミも鎖を帯に押し込んだ。
「怪我はないか」
「アズこそ大丈夫?」
ああ、と返事をし、レミに頷きかける。トビィが思い出したように尋ねた。
「ところでパンジェニーは?」
「逃げた」
と、壁の向こうの空を指す。
「壁を乗り越えて?」
「ああ。
「あいつが星獣のところにアズを誘導したの?」
「いや。むしろ連中の狙いは俺じゃなくてパンジェニーだった」
「それで? まさかあの女を逃がすために戦ったの? お人好し過ぎるよ!」
アズはレミから目をそらし、血を流して倒れる男へと歩み寄った。既に事切れていることは脈を取るまでもなくわかる。
トビィが隣に来た。
「どうしたの?」
「いや……。生かしておいて聞きたいことがあった」二人の視線に
重く頷くトビィをレミが見上げ、今度はトビィが視線に応える番となった。
「レミはあの場にはいなかったけど聞こえてたはずだよね。あの星獣が叫ぶのを。でも星獣は叫んだりしない」
星獣ではないのなら、
「あのときは誰かいたのかと……あ、でも、広場では死体を見なかった……」
アズは補足する。
「叫んだだけじゃない。理性があって、会話した」
訪れた沈黙の中で、誰かが拍手をした。その場違いな乾いた音に、男の品の良い笑い声が続いた。アズは半月刀の柄に左手を置きながら、声がするほうに体を向けた。
仕立ての良いジャケットに身を包んだ初老の男がやって来る。痩せて背が高く、顔は四角い。白い眉は長く、それによって目は半ば隠れ、目の下はどういうわけだかどす黒い。尖った喉仏はつい先ほどまでここにいた鶏の蹴爪を思わせる。
信用できない。
本能的にそう思わせる何かを男は持っていた。
「お見事です」
男は十分にアズたちに近付くと、足を止めた。護衛の兵士を五人連れており、彼らが足を止めると鎧の音がやんだ。
「星獣をわずか三人で怪我なく
アズたちが警戒して口を開かぬと見るや、男はジャケットの内側に手を入れて、掌に収まる大きさの立方体を取り出した。
「おっと失礼。私はこういう者です。ここ北ルナリアの副市長を勤めさせていただくジェレナク・トアンと申しまして」
向けられた面に彫刻が施されており、それが確かに書状にあった印であることを見て取ると、アズは息を呑み、一礼した。
「大変失礼いたしました。ご無礼をお許しください。私はコブレン自警団代表のアザリアス・オーサーと申します。コブレンからお招きを受けてやって参りました」
旅券を出すが、副市長は目もくれず、
「ははあ、これは揃いも揃って美形の三人組ですなあ」困惑するアズに構わず、「お兄さん方は双子かな?」
「左様でございますが……」
「子を育てられず生まれたその日に捨てる。これはどこでも起きること。しかし生まれてきたのが片方だけなら、まあ頑張って育ててみようかという気も起きたかも知れなかったのに。残酷なことですなあ」
アズでもなく、トビィでもなく、レミの顔が怒りで瞬時に赤く染まった。だがレミは
アズは静かに口を開く。
「副市長殿、失礼ながら、仰る意味がわかりかねます」
「いえいえ、これは歓迎の言葉でございまして、
兵士たちに囲まれて、三人は囚人のように歩き出した。副市長は街の被害に何の関心もないようだ。人々が壊れた出店や家のカーテンの陰から道路を見ているが、視線を返そうともしない。
「ときに、オーサー殿」
明朗な声で呼びかけてくる。
「はい」
「あなたが先ほど連れておられたのは、あなた方もご存知のあの二人組の連れ合いでございまして」
『月』をコブレンに持ち込んだあの男女のことであろうとアズは推測した。
「北方領から二人組が逃げ出したときに同行した協力者でしてね。それがどこかの時点ではぐれたと。星獣の密売人どもも困ったものですが、パンジェニー・ロクシに逃げられてまぁ残念なことです」
動揺させにかかっている。その手に乗るまいと、アズはゆっくり息をする。だが、このような話を開けた場所でする神経がわからない。
ついぞ第二橋脚にたどり着いた。扉の先のホール。そこで犬を預けるようにと要求を受けた。第一橋脚と同じ『動く部屋』があり、その狭い空間を五人の兵士と副市長、アズ、トビィ、レミが埋める。狭く、息苦しかった。しかも上昇に伴う浮遊感に合わせて両耳が詰まった感じになる。このような感覚を味わうのは初めてであり、共にいる人物への嫌悪感と
動く部屋を出ると、そこから先へは兵士は二人だけがついてきた。突き当たりに壁と同じ素材の扉があり、その両脇に、残りの兵士が見張りについた。
足を止めた副市長が、奇妙に高い声でこう言った。
「実を申しますと、本日はまた別のお客様がお見えでして」
振り向いた副市長の目をアズは見返した。
「この中にいらっしゃるのですか?」
「そうでございますとも。あなた方には、『月』を目撃した夜の出来事をぜひ詳しくご説明いただきたく」
副市長が扉に手をかざすと、それだけで横滑りに開いた。科学技術が退行すればその産物は魔法にしか見えなくなると地球人は考えた。アズはどこか惨めな気持ちで思う。全くその通りだと。
「どうぞ。お入りください」
大きな窓がある、明るい部屋に通された。
そこでは思いもよらぬ人物が待ち受けていた。
〈弐ノ歌集へ続く〉