大量死を詠む語歌(復習)
文字数 3,411文字
「親愛なるカァーラァーーーン!!」
コブレンの第一城壁、最初の戦場となった城門の上でエーリカは絶叫した。
「よもやあなたはエーリカ・ダーシェルナキをお忘れではないでしょうね! この気高い姉を! この高貴なる姉を!」
高笑いするエーリカは、右腕に純白のオウムをとまらせていた。尾は長く、三本の飾り羽根があり、その先端の丸く膨らんだ部位は鬼火のように青白く輝いている。
星獣だ。
「あなたに事実を告げるなら、
もちろんエーリカはこうしてコブレン市内にいるのだから、嘘っぱちである。しかも最低限の護衛しか連れてきていない。今彼女の近くに控えるのはララセルただ一人であり、両手を口に当て、手袋ごしに息を吹きかけていた。ああ、寒い。
「お聞きなさい、カーラーン。私は弟の血を喜びません。コブレンで流れた血の責をあなた一人に負わせるつもりもございません。ただ、あなたはコブレンの街から奪いすぎました」
星獣のオウムは目を覆う乳白色の瞬膜の向こうで、歯車のように噛み合う六角形の星の紋様を回転させながら聞いていた。
「コブレンの財を置いて行きなさい。それは民の命を繋ぐもの。たとえこの戦争があなたがたの勝利に終わろうとも、またあなたがどのような戦功をあげようとも、姉の言葉に聞き従わなければ厳しい
エーリカは腕を下げ、また上げる。オウムは瞬膜を開き、星の模様の
流星の如くに。
風の中で肩をすぼめ、両手をこすり合わせながらララセルが口を開いた。
「お嫌いかと思っておりましたのに。自ら歌う星獣など」
すると森から、千年の時の彼方から歌い継がれる鳥の歌が聞こえてきた。
『Glória in excélsis Deo!』
エーリカは目を細め、微笑む。
「頂いたものは使うまでですわ。それにあの鳥は、そこまで悪趣味な
そのうえ、非常に便利であることは
「ああ、寒い寒い寒い……」
この護衛武官、目も髪も寒色なうえに顔立ちが端正で尖っているため冷たい印象を与えがちだが、本人にはクールなところが全くない。
「……ところでエーリカ様、先ほどは何のお話をされてらしたのですか?」
「セレスタが亡くなられたそうですわ」
さも驚いた顔をして、ララセルは絶句した。
「例の殺し屋が
「それはその、なんと、まあ……」
ララセルはせっかく巻き直したばかりのストールをほどいた。今度は頭からかぶり、耳を覆う。
「連中も寒いのにご苦労様ですね」
「誰かが連中に、新型星獣開発の資金及び技術提供者のリストを渡したのは間違いありませんわ。どう思われまして? ララセル」
「そのリストだけでは足りません。『創世潰し』などと名乗るのは、リジェクの
ストールの端を結ぶ。
「……私は、
「どうして?」
「創世を潰すというその意思表示から。もしも絡んでいるのが陸軍情報部だけでしたら、もっとわかりやすくて単純な異名を名乗ると思うのです」
鮮やかな殺しを行う異端教団の信徒は、このコブレンにたくさんいた。
連続暗殺事件についてララセルと話すのは初めてだ。彼女の口から新しい意見を聞きたかったのではない。ただ、同じことを思っているのかどうかを確かめたかったのだ。ララセルは、雪を被り、白く沈黙する森の遠くに眼差しを飛ばして呟いた。
つまり、関係者は陸軍情報部だけではない、と。
「どこに行ったのでしょうね、コブレン自警団の残党は」
※
聖なる物語の語り部たちは、実際何を言いたいのか?
大量死を詠む
我らを眠らせたまえ。
神それ自身が地獄で焼かれると誰に想像できただろう。または、被造物のゆえに苦しむことがないならば、果たしてそれは神なのか。
雪の降る国「せんせー!」
セレスタ・ペレ(5さい)が家庭教師を遮った。
「せんせー、どうして神さまは地獄を作ったんですかー?」
「それはですね」
雇われの女家庭教師の顔は皺が多く、鶏のように鋭い目をしていた。苦労が多いのだ。
「悪いことをした人間を懲らしめるために必要だからです、セレスタ。大人が話しているときに口を挟んではいけません」
「どうしていけないんですかー?」
「地獄に落ちるからです!」
この教師は、よく言えば厳格なタイプだった。
では、気を取り直して。
「寒さに身を寄せ合い、飢え、ひたすらに夜を耐え忍ぶ小さな生き物たちのなんと憐れなことだろう。私は言語生命体たちのために、太陽を空に繋ぎとめ「せんせー!」
セレスタ・ペレ(5さい)の性質を見て賢いと評するには、大人にはある一定の度量が求められるだろう。
「どうして神さまは神さまなのに太陽が地獄だって知らなかったんですかー?」
「いいこと? セレスタ」
教師は器が小さかった。
「こうしたお話は、精神を
わかるはずもなく。
「心をですね、豊かにするために、いいですか? 嬉しいとか、悲しいという気持ちを味わって、人の気持ちがわかる人間になるためにあるのです。それをあなたはいつもいつも『あれはどうして』『これはどうして』と」
「でもせんせー、私たちの神さまは、私たちが悪いから、私たちをここに置いてみんないなくなってしまったんですよね」
隣室で赤子のアルマ・ペレがオギャアと泣き始めた。
「アースフィアは、地獄なんですか?」
「寒さに身を寄せ合い、飢え、ひたすらに夜を耐え忍ぶ小さな生き物たちのなんと憐れなことだろう。私は言語生命体たちのために、太陽を空に繋ぎとめよう。あの偉大な光球を蒼天に刺し
「セレスタお嬢様のことですが、私は三十五年間教師を勤めて参りましたがあのような子は初めてです」
経歴詐称しているので、実際は二年目である。
「とにかく神官になるには独特な資質というものが必要でございまして、ええ、三十五年の間に二十人の子供たちを神学校に送り込んだ私の経験から申し上げますと、お嬢様には冷静さですとか、人の話を吟味するといった美徳をご家庭で身につけていただきませんと……なにぶんこれは教師の
「なんですと! いかんいかん」
土木事業で成功したものの
「あの子は絶対に神官になるのですぞ。当家は神官を輩出しなければならんのです。必ず」
猫は目を閉じ、セレスタはその道を歩んで死に、父は後悔することに。
とりわけ、この世界こそが地獄であるかもしれないという示唆が。
「私たちを救おうとした神さまは、愚か者として地獄に落ちちゃった……」
セレスタは子供部屋を行ったり来たりしながら口に出す。ほとんど独り言だ。
「よくないわね。これはよくない。地獄に落ちた結末は変わらないにしても、その解釈は変えなきゃいけないわ。どうして地獄に落ちることになったのか、ほかの解釈を「おねえちゃーん!」
アルマ・ペレ(5さい)が遮った。
「かいしゃくってなーにー?」