第21話 弟

文字数 559文字

 隼人は茫然とする藤音を見つめ、静かな口調で問いかけた。
「それほどまでに……わたしが憎いですか」
「憎うございます」
 仰向けに床に倒されたまま、藤音の双眸(そうぼう)から涙がこぼれ落ちる。
「あなたさまは(まさき)の──わが弟の仇なのですから」
「わたしが、弟御の?」
「柾はわたくしが亡き母に代わって育ててきた、年の離れた弟。ですが、先だっての戦で討ち死にいたしました!」
「あの戦で……」
 今度は隼人が言葉を失う番だった。
 わかっている。戦とは殺し合いだ。いかに味方の損害を少なくし、多くの敵を倒すか。そのために策を練った。大切なのは自軍の兵の命。敵の兵の命を奪うことで、九条軍は勝利したのだ。
 そういう意味では、この婚礼はおびただしい血にまみれている。
 沈黙があたりの空気を支配する中。涙がとめどなくあふれ、藤音は両手で顔を覆った。
 ──柾──。
 母を慕うように、いつも自分の後を追ってきた幼い日の弟。
 止めたのに。戦には行かないよう、あれほど止めたのに。
 あの戦が元服した弟の初陣だった。反対する藤音に父は、
「なに、心配はいらぬ。この戦、すぐに終わらせるでな」
 と軽くいなすだけだった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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