第163話 淡い残照

文字数 479文字

 現し世に唯姫がとどまっていられる時間はごくわずか。想いを伝え終えた魂は桜花から離れてゆく。
 白い光は薄らぎ、浅葱が伸ばした指の間をすり抜けて(はかな)く消えていく。
 淡い残照を見届けると、浅葱は伊織に向かって静かに言った。
「我を──斬れ」
 伊織の持つ刀を指さし、
「ただの刀では我は死なぬ。死ねないのだ。されど、そなたの持つ破邪の剣ならば我を滅せよう」
 だが、自分でも意外なことに伊織は躊躇を感じていた。
「どうした? 我を倒すために戦っていたのであろう」
 先刻までは確かにそうするつもりだった。怒りもあった。しかし今、相手は戦意を失い、刀さえ降ろしているのだ。
「何をためらう? 魔を封じる者よ、そなたはそなたのなすべきことをすればよい」
 動けないでいる伊織に焦れたように声を荒げる。
「早く斬れ! さもなくばこの娘が死ぬぞ!」
 いきなり桜花の腕をぐいっとつかんで引き寄せ、魔剣を突きつける。
 まだ自我が戻っていないのか、桜花はぼんやりと浅葱に捕らわれたままだ。
 憤りをこめて伊織は浅葱を睨みつけた。
 これが鬼のやり方か。唯姫のために依り代となった桜花に刃を向けるとは。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み