第93話 内密に

文字数 586文字

「殿の使いで来た。内密で急ぎ来て欲しいとの仰せだ」
「隼人さまの?」
 桜花もまた表情を引きしめて伊織を凝視した。
 隼人が、しかも内密に自分に急用とは、いったい何なのだろう。
 ざらり、と背中を這うような悪い予感がする。
「承知しました。今すぐうかがいます」
 桜花はすっと立ち上がった。
 伊織の後に続き、人目につかぬよう隼人の部屋へと急ぐ。
 館の奥、障子を開ければ海が見渡せる居室で、隼人は二人を待っていた。
「失礼いたします。お呼びにより、まかり越しました」
 桜花が一礼して中に入ると、伊織は自らも入室し、廊下に面した襖をぴたりと閉めた。
「急に呼び立ててすみませんでしたね」
 隼人はいつものように気さくに笑いかけたが、笑顔はどこか(かげ)りを帯びている。
「あの、隼人さま、ご用とは?」
「実は藤音のことなのですが」
「藤音さまの?」
「近頃、また藤音の体調がよくないようで、食欲もないし、昼間は眠ってばかりいて……」
 桜花は腑に落ちない思いで首をかしげた。先日、共に海辺を歩いた時は、だいぶ回復していたようなのに。
「薬師は何と?」
「言うことは同じです。気鬱の病だと。しかし、今回はどうも違うようなのです」
「と申しますと?」
 そこで隼人は声を低めた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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