第101話 鬼のささやき
文字数 548文字
懸念した通り、藤音の行き先はあの岩だった。
月明かりに照らされ、藤音が大岩の前にたたずんでいるのが見える。
波音が幾重にも響き、風がひゅうひゅう鳴っている。その中で、
──姉上、可哀想ナ姉上。
桜花は鬼の声を聞いた。厳密にいえば、聞いた、というより直接頭の中に入ってきた、という方が正しいのだが。
声は少年だった。おそらくは戦死した藤音の弟のものだろう。
鬼は弟を騙 り、藤音を惑わせているのだ。
──ドウ綺麗事ヲ並べヨウトモ、姉上ハ所詮ハ人質ノ身。
虚ろな瞳で、藤音は岩の周辺を行ったり来たりしている。長い髪が生き物のようにゆらゆらと風になびく。
──九条家ガ憎クハナイノデスカ。討タズニ良イノデスカ、コノ弟ノ仇ヲ。
──我ヲ解放シテクダサイ、姉上。共ニ懐カシイ故郷ニ帰リマショウ。
いけない、と桜花は感じた。藤音の心はすでに魅入られかけている。これ以上、鬼のささやきを聞かせては、取り返しのつかないことになる。
「藤音さま!」
夢中で飛び出していき、藤音にすがるようにして桜花は叫んだ。
「いけませぬ! 鬼の声に耳を傾けてはなりませぬ!」
月明かりに照らされ、藤音が大岩の前にたたずんでいるのが見える。
波音が幾重にも響き、風がひゅうひゅう鳴っている。その中で、
──姉上、可哀想ナ姉上。
桜花は鬼の声を聞いた。厳密にいえば、聞いた、というより直接頭の中に入ってきた、という方が正しいのだが。
声は少年だった。おそらくは戦死した藤音の弟のものだろう。
鬼は弟を
──ドウ綺麗事ヲ並べヨウトモ、姉上ハ所詮ハ人質ノ身。
虚ろな瞳で、藤音は岩の周辺を行ったり来たりしている。長い髪が生き物のようにゆらゆらと風になびく。
──九条家ガ憎クハナイノデスカ。討タズニ良イノデスカ、コノ弟ノ仇ヲ。
──我ヲ解放シテクダサイ、姉上。共ニ懐カシイ故郷ニ帰リマショウ。
いけない、と桜花は感じた。藤音の心はすでに魅入られかけている。これ以上、鬼のささやきを聞かせては、取り返しのつかないことになる。
「藤音さま!」
夢中で飛び出していき、藤音にすがるようにして桜花は叫んだ。
「いけませぬ! 鬼の声に耳を傾けてはなりませぬ!」