第117話 篠突く雨

文字数 554文字

 どのくらい時がたっただろう。
「桜花どの!」
 篠突く雨の中、名を呼ばれ、桜花は振り返った。
 伊織?
 とっさにそう思った。が、面ざしは似ているが、伊織ではなかった。
 雨を避けるように額に手をかざしながら、和臣がこちらへ走ってくる。
「この雨の中、何をしておいでです? ずぶ濡れではありませんか」
 言われて初めて、桜花は自分のありさまに気づく。
「和臣さまこそ、どうして……」
「出仕する時刻になっても桜花どのが姿を見せないので、気になってお屋敷に行ってみたら、祖父どのから、こちらだとうかがって来たのです」
「封印が……」
「え?」
 青ざめた顔で桜花は亀裂の入った大岩を指さした。
 和臣は桜花の指し示した先を見上げ、眉根を寄せた。
「いったい、どうしてこのような……」 
 桜花は無言で力なく首を横に振った。
「状況はわかりましたが、ここにいても仕方ありません。どこかで雨をしのがなくては」
 二人が話している間にも、雨はますます激しさを増していく。
「確かこの近くに漁師が使う小屋があります。網やら漁具をしまってある場所ですが、とりあえずはそこへ。雨が小降りになったら、天宮のお屋敷に戻りましょう」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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