第170話 眠り姫

文字数 510文字

 それから二日たった日の午後。
 伊織は天宮の屋敷で、床についた桜花の枕元に座っていた。
 鬼を封じて倒れたあの日から、桜花は眠り続けたまま目覚めない。
 祖父の十耶によれば、桜花が唯姫の依り代となったことが原因ではないかという。
 死者の魂に寄り添い、依り代となるのは、たとえ短時間であっても生気を奪われ、時には生命の危険さえ伴うのだ。
 そんなことも知らなかった自分を悔やむ伊織に、祖父はきっぱりと、
「依り代となったのは桜花自身が決めたこと。決して伊織どののせいではありませんぞ」
 桜花は知っていたのだろうか。
 いや、危険だとわかっていても、唯姫の依り代となったに違いない。
 自分の無力さに唇を噛んで桜花を見つめていた伊織は、はっと顔を上げた。
 ゆったりした足音がして十耶が部屋までやって来る。
「桜花の具合はどうかな、伊織どの」
 伊織が無言で首を横に振ると、祖父は孫娘に視線を移して吐息した。
「相変わらずか」
 深い眠りの中にいる桜花は呼吸も脈も弱々しい。食事どころか薬湯も飲めず、打つ手がないのが現状だ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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