第161話 依り代

文字数 472文字

 突如として現れた桜花に、切り結んでいた二人は動きを止める。
「桜花、下がれ!」
 伊織は制止しようとしたが、桜花の耳には聞こえていないかのようだ。
 桜花は浅葱の方を向くと両手を広げ、呼びかけた。
「──浅葱」
 浅葱は自分の耳を疑った。
 桜花の唇からこぼれたのは、まぎれもなく愛しい者の声だった。
 片時も忘れたことのない、銀鈴のような声。優しく懐かしい──。
「やっと会えた……あなたに」
 浅葱は魔剣を降ろし、茫然とつぶやいた。
「唯姫……」
 清らかな光に包まれた姿は、ゆっくりと浅葱に歩み寄る。
「本当に、姫なのか?」
 浅葱の青い瞳を見つめ、たおやかにうなずく。
「わたくしはすでにこの世のものならざる身。巫女であるこの少女が一時、体を貸してくれました」
 伊織は固唾を呑んで二人のやりとりを見つめていた。
 今、自分の前にいるのは、桜花であって桜花でない存在。
 時空を超え、桜花を依り代として、唯姫の魂が浅葱に語りかけているのだ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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