第119話 まなざし
文字数 659文字
「あの、今朝は奥方さまはいかがなさっていました?」
話題を変えたくて、さりげなくたずねてみると、
「奥方さまはあまり気分がすぐれないご様子で、今朝もお部屋にこもられたままだと聞いていますが」
「さよう、ですか」
昨夜の件といい、藤音の身はずっと桜花の気がかりである。なかば鬼に魅入られた状態、それが今の藤音なのだ。
しかし藤音は今度こそしっかりと護衛をつけて館にいるはずだ。藤音が封印を解いたとは考えにくい。
「桜花どの」
もの思いにふけっていた桜花は不意に名を呼ばれ、顔を上げた。すぐそばに和臣の瞳が迫り、深い想いのこもったまなざしにうろたえてしまう。
「奥方さまの件はわたしも知っています。このような大変な時期に言うべきではないのでしょうが、例の話は考えていただけたでしょうか」
桜花は押し黙った。もちろん考えなかったわけではない。だが、あまりに一度に多くのことが重なって、何ひとつ結論は出ていないというのが実情だ。
和臣は桜花の沈黙をどう受け取ったのか、真剣な顔で言葉を紡いでいく。
「わたしは父とは違います。決して側室など持たず、桜花どのひとりを生涯、大切にします」
外では雨が激しく降り続け、波の音をかき消している。
「わたしの両親はいわゆる武家同士の婚姻でした。それでも母は父を深く愛していた。が、父が愛したのは母の侍女、伊織の母だったのです」
そのあたりの事情はおぼろげながら桜花も知っている。
話題を変えたくて、さりげなくたずねてみると、
「奥方さまはあまり気分がすぐれないご様子で、今朝もお部屋にこもられたままだと聞いていますが」
「さよう、ですか」
昨夜の件といい、藤音の身はずっと桜花の気がかりである。なかば鬼に魅入られた状態、それが今の藤音なのだ。
しかし藤音は今度こそしっかりと護衛をつけて館にいるはずだ。藤音が封印を解いたとは考えにくい。
「桜花どの」
もの思いにふけっていた桜花は不意に名を呼ばれ、顔を上げた。すぐそばに和臣の瞳が迫り、深い想いのこもったまなざしにうろたえてしまう。
「奥方さまの件はわたしも知っています。このような大変な時期に言うべきではないのでしょうが、例の話は考えていただけたでしょうか」
桜花は押し黙った。もちろん考えなかったわけではない。だが、あまりに一度に多くのことが重なって、何ひとつ結論は出ていないというのが実情だ。
和臣は桜花の沈黙をどう受け取ったのか、真剣な顔で言葉を紡いでいく。
「わたしは父とは違います。決して側室など持たず、桜花どのひとりを生涯、大切にします」
外では雨が激しく降り続け、波の音をかき消している。
「わたしの両親はいわゆる武家同士の婚姻でした。それでも母は父を深く愛していた。が、父が愛したのは母の侍女、伊織の母だったのです」
そのあたりの事情はおぼろげながら桜花も知っている。