第104話 心の闇

文字数 595文字

 急ぎ、床を用意して寝かせつけ、祖父は慎重に呼吸や脈の状態を診ていく。
「おじいさま、藤音さまは……」
「大丈夫、気を失っておられるだけじゃ。しばらくすれば目覚められるであろう」
 ほっと胸をなでおろす桜花の背後で、伊織が立ち上がる。
「至急、殿に知らせないと。内密の件だ。俺が館まで行ってくる。桜花は藤音さまを頼む」
「ええ、伊織、あなたも気をつけて」
 短いやりとりの後、伊織は素早く屋敷を出ていく。
 その背中を見送りながら、桜花は胸に両手を当てた。普段は呑気だが、いざという時、伊織はとても頼りになる。
 残った祖父と二人、藤音のかたわらで桜花は改まった口調で告げた。
「鬼の岩の封印が、ますます弱まっております」
 うむ、と祖父はうなって腕組みをする。
「岩の中の鬼が呼びかけておる。特に心に闇を持った者が、反応してしまうようじゃ」
「闇を……」
 畏怖するように言の葉をなぞらえる桜花に、祖父は穏やかに笑む。
「闇といっても邪悪なものばかりとは限らんぞ。哀しみや苦しみ、そういった感情や、弱さ……時にはかなわぬ望みすら、闇に呑まれることがある。
 人の心とはとても複雑で、深いものなのじゃよ。そなたはまだ若いから、よくはわからぬかもしれぬが」
 桜花は無言で床についた藤音を見つめた。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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