第146話 昔語り

文字数 544文字

 そうして浅葱は語り始めた。自分と九条家との因縁を。
「もう遠い昔の話だ。我が母の名は藍野(あいの)。正嫡にはあらねど九条家の姫だった」
 桜花と伊織は驚きを禁じ得なかった。九条家を心底憎悪している浅葱自身が、九条の血を引いているというのか。
「母は異形の子を生んだ娘とそしられ、姫の身分でありながら九条の隠し里へと追放された。本当なら鬼として殺されるはずだった我を、母は身を呈して命乞いしてくれたのだ。我の記憶もかの地から始まる」
 九条の城から遙かに離され、母と子は森の奥深く、人目を避け、小さな古びた屋敷でひっそりと暮らしていた。半月に一度、年老いた無口な男が食糧や生活に必要なものを運んできてくれた。 
 浅葱は父を知らない。父についてたずねると、母は自分の顔を両手で包んで愛おしげに見つめ、決まって泣いた。
 ひとつも語ってはくれなかった。
 父は何者だったのか。どのようにして母と出会い、自分が生まれたのか。なぜ今、父は自分たちのそばにいないのか。
 ただ、黙していてもなお、母の記憶からはいつも同じ声が聞こえてきた。
 ──逃げよ、藍野。浅葱を連れ、そなたたちだけでも生きのびよ。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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