第1話 慟哭

文字数 533文字

 もはや手の施しようがないほど、娘は深い傷を負っていた。彼をかばい、身代わりとなって受けた傷だった。
 ──ごめんなさい……浅葱(あさぎ)。わたくしには父を止められなかった。
 彼は娘を腕に抱き、なす術もなく血の気の失せた顔を見つめる。
 ──でも、どうか信じて。あなたはわたくしの愛しい者。この命より大切な……。
 かすかに微笑み、想いを伝えると、娘は静かに瞼を閉じた。
 ──(ゆい)姫!
 呼びかけても返事はなく、彼は冷たくなっていく娘を抱きしめ、()えるように慟哭(どうこく)した。
 苦い後悔が彼を(さいな)む。
 出会ってはいけなかった。人間と関わってはいけなかったのだ。母が今わの際に言い残したように。
 失ってしまった存在はあまりにも大きすぎて。自分の中で何かが弾け、音を立てて壊れた。
 未来永劫──許さぬ、と彼は誓った。自分から愛する者を奪った、あの男を。あの男に連なるすべての者を。
 淡い青みがかった瞳が妖しく輝き、周囲には憎悪のこもった「気」が満ちる。
 彼は人ではなかった。額には二本の角。豊かに波打つ銀色の髪を持つ、美しい鬼だった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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