第25話 八重桜

文字数 586文字

 桜花が新しい奥方に目通りを願い出たのは、婚礼から数日が過ぎてからだった。
 白の上着に紅袴。桜花にとっては礼装である巫女装束を身にまとい、手には一枝の八重桜。隼人から渡してほしいと頼まれたものだ。
 控えの間に通され、待ちくたびれた頃、ようやく年かさの侍女が出てきて桜花を奥の部屋に招き入れる。  
 桜花は部屋の中ほどまで進むと、両手をついて頭を下げた。
「奥方さまに拝謁でき、光栄に存じます」
「お決まりの挨拶など無用よ。顔を上げて」
 はい、と答えて、桜花は正面に座る姫君に視線を向ける。
 思わず見とれてしまいそうな、気品ある美しい姫だった
 自分もたまに「天宮の姫巫女」などと呼ばれるけれど、あれはいわばお世辞で、とても本物の姫君にはかなわない。
 桜花を見て、奥方──藤音は唇を開いた。
「そなたの顔には見覚えがあるわ。婚礼の時、舞いを奉納した巫女ね?」
「はい。覚えておいていただいて嬉しく存じます。名を桜花と申します」
「その枝は何?」
 たずねてくる藤音に桜花は脇に置いた枝を手に取る。
「このお城の中庭で咲いていた八重桜でございます。もう桜の季節も終わりゆえ、花のついた最後の一枝を奥方さまにお渡 しするようにと、隼人さま……殿からわたくしが預かりました」




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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