第64話 瘴気(しょうき)
文字数 588文字
伊織が奇妙な感覚にとらわれている間にも無理に歩を進めていた桜花は、急に眩暈がして思わずその場にしゃがみこんだ。
「桜花?」
振り返った伊織は桜花の姿を見て、急いで戻ってくる。
「どうした!?」
桜花は片手で伊織の袖をつかみ、もう一方の手で喉元を押さえ、途切れがちに言葉を絞り出す。
「だめ……これ以上は瘴気 が強すぎて、近づけない……」
岩の中で黒い影がうごめくのが見え、ひどい耳鳴りがした。鬼のうなり声だ。
声は強い怒りをはらんでいた。『裏切リ──憎イ──許サヌ!』 断片的な思惟 が頭の中に流れこんでくる。
「とにかくこの場を離れよう」
伊織自身は大きな影響を受けてはいないのだが、桜花の様子を見れば異変が起きているのは明らかだ。
おそらくは桜花の方が、はるかに感覚が鋭敏なのだろう。
桜花の体を支え、伊織は今来た砂浜を引き返していった。
二人は無言で砂を踏みながら歩き、途中の松林までたどり着くと、適当な場所を見つけて腰を降ろした。
桜花は伊織にもたれかかり、血の気の失せた顔で荒い息づかいをしている。
どうにかしてやりたくても伊織には細い背中をさすってやるくらいしかできない。
しばらくの間、桜花は伊織にもたれたまま眼をつむっていた。
「桜花?」
振り返った伊織は桜花の姿を見て、急いで戻ってくる。
「どうした!?」
桜花は片手で伊織の袖をつかみ、もう一方の手で喉元を押さえ、途切れがちに言葉を絞り出す。
「だめ……これ以上は
岩の中で黒い影がうごめくのが見え、ひどい耳鳴りがした。鬼のうなり声だ。
声は強い怒りをはらんでいた。『裏切リ──憎イ──許サヌ!』 断片的な
「とにかくこの場を離れよう」
伊織自身は大きな影響を受けてはいないのだが、桜花の様子を見れば異変が起きているのは明らかだ。
おそらくは桜花の方が、はるかに感覚が鋭敏なのだろう。
桜花の体を支え、伊織は今来た砂浜を引き返していった。
二人は無言で砂を踏みながら歩き、途中の松林までたどり着くと、適当な場所を見つけて腰を降ろした。
桜花は伊織にもたれかかり、血の気の失せた顔で荒い息づかいをしている。
どうにかしてやりたくても伊織には細い背中をさすってやるくらいしかできない。
しばらくの間、桜花は伊織にもたれたまま眼をつむっていた。