第114話 衝撃

文字数 576文字

 伊織はどう思っているのだろう。自分が兄に求婚されたことを。
 知りたいのに確かめるのが怖くて、結局、話題は避けたままだ。
 昨夜、ひっそりと館へ戻っていった藤音の様子も気がかりだった。
 さらに封じの岩の鬼のこと。藤音があのように夜半に海辺をさまよったのも、鬼に魅入られたせいなのだ。
 何とかしなくてはと思った、その時。
 みゆが一声、鋭く鳴いた。
 同時に、強烈な衝撃に襲われ、桜花は両手で胸元を押さえた。
 心臓を鷲掴みにされたような苦しさ。身体中にのしかかってくる重圧感。眩暈(めまい)がして、息苦しさと共に吐き気までこみあげてくる。
 みゆも異変を察知して、籠の中で羽をばたつかせている。
 己の全身が引きちぎられるような感覚の中で桜花は知った。
 封印が、破られたのだ──。
 ふわっと遠のきそうな意識を、みゆの鋭い鳴き声が連れ戻す。桜花は額の汗をぬぐい、小鳥の方を見て安堵の息をついた。
「ああ、よかった。あなたは無事だったのね」
 嵐のような不快感がいくぶん静まってくると、桜花は壁に手をついて立ち上がった。
 これほど強大な妖気だ。影響を受けたのは自分だけではないはずだ。
 祖父の身が心配で、そろそろと壁や襖を伝い歩きで部屋へと向かう。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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