第15話 望まぬ婚姻

文字数 604文字

 舞の奉納が済めば宴も終わりだった。花嫁は着替えるため、一度、与えられた居室に戻っていく。
 部屋に入り、襖を閉めると、藤音はほうっと大きく息をついた。これでようやく見知らぬ者たちの好奇の視線から解放される。
「お疲れになられたでしょう、藤音さま」
 いたわるように声をかけてきたのは、白河から同行した乳母の如月(きさらぎ)だ。
「ええ、少し……」
 藤音はさっさと重い婚礼衣装を脱ぎ捨て、整えた髪もほどいてしまう。
「しかしまあ、呆れるくらい簡素なお式でしたこと」
 皮肉めいて言う如月に藤音は投げやりに笑う。
「別にかまわないわ。どうせ形式だけ。互いに望んだ婚姻ではないのだもの」
「しかも何と、ちっぽけなお城。まさか藤音さまがこんなところに嫁ぐ羽目になろうとは……」
 如月は口惜しくてならないのだ。
 雪のように白い肌。形のよい紅の唇。艶やかな豊かな髪。藤音ほどの美貌の持ち主なら、本当はもっとずっと立派な家に嫁ぐことができたはずなのに。
 藤音は如月の言葉には頓着(とんちゃく)せずに、
「あの者が、九条隼人……」
 とつぶやいた。
 白河の軍を壊滅させ、父を追いつめた張本人。
 どのような恐ろしげな男かと思っていたのに、自分の隣に座っていたのは緊張した面持ちの、ごく普通の少年にしか見えなかった。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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