第136話 黒い妖気

文字数 628文字

 いつか見た光景と同じように、如月たち侍女が倒れるようにして眠りこんでいる。
 あれは藤音が岩の中の鬼に呼ばれた夜──。
 起こそうと試みたが、やはりあの時と同じ、侍女たちは深い眠りに閉ざされている。
 その中で、ただひとり動く姿があった。
 豪華な金糸に彩られた紅の打掛をまとい、部屋の奥からすっと音もなく現れたのは藤音だった。
「お待ちしておりました、殿」
 隼人に向かって艶やかに微笑んでみせる。
「どうなさいました? 藤音に会いに来てくださったのでしょう?」
 部屋の前で足を止めたままの隼人に、くすくす笑いながら問いかける。
「この打掛はいかがです? わたくしに似合いますかしら。殿のために苦心して選びましたのよ」
 はしゃぎながら、ひらりと回ってみせる様子は、いつもの控えめな藤音とは雰囲気がまるで違う。
 藤音は隼人から桜花と伊織に目線を移し、眉をひそめてみせた。
「まあ、妻に会うのに巫女だの護衛だの連れてくるなんて、不粋なこと。でも妙ね。殿以外、邪魔者にはすべて術をかけて眠らせたはずなのに。そなたたちには、なぜ効かないの?」
 小首をかしげた藤音の視線が冷やかに二人に注がれる。
「ならば、もう一度──」
 言うが早いか、藤音の右手がすっと上げられ、降ろしざま、黒い妖気が放たれる。
 不意をつかれ、避ける暇もなく、桜花はぎゅっと眼を閉じる。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み