第143話 鬼との決別

文字数 518文字

 頭の中に弟の無念を訴える低い声が聞こえてくる。
 しかし、もう藤音は惑わされなかった。
 鬼がどう甘言をささやこうと、弟は二度と還ってこない。
 柾──心の中で繰り返し名を呼ぶ。
 なぜもっと早く気づかなかったのだろう。仇を討って隼人を殺め、再び戦を起こすなど、柾が望むはずがないのに。
「出ていって……」 
 頭を押さえながら、藤音は自分の中に潜む者を拒絶した。
 嫌だ……鬼に操られて愛する者を手にかけるのは嫌だ!
「わたくしの中から出ていって!」
 それが決別だった。
 鬼との。そしてひきずってきた過去という名の亡霊との。
 藤音が叫ぶのと同時に黒い影がひゅっと宙を飛ぶ。彼女の中に居場所を失った、異形の者。
 眼にも止まらぬ早さに、逃げられる! と、伊織が思った瞬間。
 黒い影は金色の光に呪縛され、地に落ちた。桜花が張った結界だ。
「伊織、今よ!」
 桜花の凛とした声に、伊織は渾身の力をこめて刀を振り下ろす。が、刀は鬼の手前で動きを止め、弾き返される。
「── !?
 愕然とする伊織に、結界の中から揶揄するような声が響く。
人間(ひと)の子よ、ただの刀では我は斬れんぞ」
 桜花がとっさに張った結界の効力は強くない。中で鬼がうごめき、金色の光は力を失っていく。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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