第29話 幼子のように
文字数 665文字
桜花は吐息をひとつこぼすと、再び藤音に思いをはせた。
「藤音さまはわたしにはお心を開いてくださらなかった。この国の者など信用できない。話し相手などいらぬと一蹴されてしまったわ。隼人さまにも頼まれていたし、お力になりたかったけれど……」
さっきまで笑っていた伊織も真面目な面持ちになって、考えこむ。
「ここ数日、隼人さまのご様子が沈んでおられたのも、そのためか」
「きっとそうだと思うわ。わたしね、藤音さまにお目通りする前に、隼人さまに花を渡すように頼まれたの」
「花?」
「ええ。この春の最後の八重桜の枝。でも、口には出さなかったけど、どうしてわたしに託したのか不思議だった。隼人さまがご自分でお渡しになった方が、藤音さまも喜ばれるでしょうに。今になってようやく理由がわかったわ」
「もうしばらく時間がたてば、藤音さまのお心も変わっていくかもしれんが……」
伊織の楽観的な意見に、桜花は沈黙するだけだ。
心を閉ざしたままの花嫁。
そんな花嫁に対してどうしていいかわからず、とまどうばかりの夫。
二人の間に横たわる溝を、本当に時が解決してくれるだろうか。
桜花は人の心の機微に鋭い娘だった。時として相手の想いがじかに伝わってくるのだ。
あの時、自分にむけられた敵意ともいえる感情の奥に、深い哀しみと絶望が隠されているのを、わずかにではあるが感じとっていた。
藤音の心は、幼子が助けを求めて泣いているかのように切なかった。
「藤音さまはわたしにはお心を開いてくださらなかった。この国の者など信用できない。話し相手などいらぬと一蹴されてしまったわ。隼人さまにも頼まれていたし、お力になりたかったけれど……」
さっきまで笑っていた伊織も真面目な面持ちになって、考えこむ。
「ここ数日、隼人さまのご様子が沈んでおられたのも、そのためか」
「きっとそうだと思うわ。わたしね、藤音さまにお目通りする前に、隼人さまに花を渡すように頼まれたの」
「花?」
「ええ。この春の最後の八重桜の枝。でも、口には出さなかったけど、どうしてわたしに託したのか不思議だった。隼人さまがご自分でお渡しになった方が、藤音さまも喜ばれるでしょうに。今になってようやく理由がわかったわ」
「もうしばらく時間がたてば、藤音さまのお心も変わっていくかもしれんが……」
伊織の楽観的な意見に、桜花は沈黙するだけだ。
心を閉ざしたままの花嫁。
そんな花嫁に対してどうしていいかわからず、とまどうばかりの夫。
二人の間に横たわる溝を、本当に時が解決してくれるだろうか。
桜花は人の心の機微に鋭い娘だった。時として相手の想いがじかに伝わってくるのだ。
あの時、自分にむけられた敵意ともいえる感情の奥に、深い哀しみと絶望が隠されているのを、わずかにではあるが感じとっていた。
藤音の心は、幼子が助けを求めて泣いているかのように切なかった。