第35話 主に代わって

文字数 506文字

「これは、乳母どの」
「どうぞ如月とお呼びくださいませ。本日はお詫びとお願いがあってまいりました」
「藤音のことですね?」
 いかにも、と答えながら、如月は桜花にちらりと視線を投げる。
 如月の意を汲んで、桜花は席を外そうとするが、
「かまいません。桜花どのは信頼のおける方。ちょうど今、二人で藤音を心配して話していたところです」
「殿の仰せならば、そちらの巫女さまを信じましょう。ただしこの場で耳にしたことは他言無用に願います」
「は、はい」
 如月の迫力に気圧されつつ、桜花は座っていた場所を空け、自分は脇に腰を降ろす。
「で、如月、今日は藤音が何か……」
 隼人が話し終わらないうちに、如月は両手をつき、深々と(こうべ)を垂れた。
「この度のわが主の所業、幾重にもお詫び申し上げます。お望みでしたら、主に代わって我が首、差し出しましょう。もっともこのような老女の首、欲しくもないでしょうが」
 あまりに唐突な申し出に隼人もつい、
「確かに、欲しくはありませんが……」
 などと、ぽろりと本音を口にしてしまう。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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