第179話 薄れゆく記憶
文字数 533文字
注意深く歩きながら懐から守護石を取り出す。
伊織の手のひらでぽうっと光る石は行く先を照らし、正当な持ち主である桜花を探す道標となってくれるはずだ。
あたりの空気は湿り、よどんでいる。死の匂いの充満する暗黒の中を、どのくらい歩いただろうか。
守護石の光の先、ゆらゆらと頼りなげに歩く姿を伊織は見つけた。白い夜着をまとった華奢な後姿はまぎれもなく桜花だ。
はやる心で走り寄り、名を呼ぶ。
「桜花!」
だが桜花は振り返りもせず、歩みを止めない。やっと追いついて手をつかむと、ようやく顔をこちらに向け、不思議そうにたずねてくる。
「あなたは……誰?」
伊織は愕然として虚ろな表情の桜花を凝視した。
「何を言っている? 俺だ! 伊織だ」
両肩をつかんで叫ぶが、桜花は反応を示さない。
「俺が、わからないのか……?」
その時になって初めて、伊織は桜花の輪郭がひどく儚 いことに気づいた。
現世と黄泉の狭間にいる桜花は生の記憶が薄れ、伊織の顔さえ覚えていないのだ。
「行かなくては……」
誰にともなくつぶやいて桜花はするりと伊織の腕を抜け、進もうとする。
伊織の手のひらでぽうっと光る石は行く先を照らし、正当な持ち主である桜花を探す道標となってくれるはずだ。
あたりの空気は湿り、よどんでいる。死の匂いの充満する暗黒の中を、どのくらい歩いただろうか。
守護石の光の先、ゆらゆらと頼りなげに歩く姿を伊織は見つけた。白い夜着をまとった華奢な後姿はまぎれもなく桜花だ。
はやる心で走り寄り、名を呼ぶ。
「桜花!」
だが桜花は振り返りもせず、歩みを止めない。やっと追いついて手をつかむと、ようやく顔をこちらに向け、不思議そうにたずねてくる。
「あなたは……誰?」
伊織は愕然として虚ろな表情の桜花を凝視した。
「何を言っている? 俺だ! 伊織だ」
両肩をつかんで叫ぶが、桜花は反応を示さない。
「俺が、わからないのか……?」
その時になって初めて、伊織は桜花の輪郭がひどく
現世と黄泉の狭間にいる桜花は生の記憶が薄れ、伊織の顔さえ覚えていないのだ。
「行かなくては……」
誰にともなくつぶやいて桜花はするりと伊織の腕を抜け、進もうとする。