第59話 少しずつでも

文字数 556文字

 二人のかたわらで如月が侍女たちに目配せした。桜花もそろそろ引き揚げ時だ。
「さあ、わたくしたちはいろいろと用事がありますゆえ、席を外させていただきます。殿はどうぞごゆっくりしていかれませ」
 と如月が述べれば、桜花も、
「では、わたくしもこれで失礼いたします」
 一礼して、隼人が引き止める間もなく、歩いてきた庭を引き返す。
 今度こそ自分の部屋へと向かいながら、桜花は唇をほころばせた。
 とてもいい雰囲気だ。
 藤音の体調が良くなって、さっきのように少しずつでも言葉を交わしていけば、いつかきっと心は通いあうに違いない。
 ひととき、鬼の存在なども忘れ、桜花は幸せそうな二人の姿を思い描いていた。

 昼の強い陽射しがようやくやわらいでくる夕刻。
 自室で桜花は何度目かのあくびを噛み殺した。
 何というか、暇なのだ。
 城にいる時は小さいながらも(やしろ)があったし、舞いを奉納する舞台もあり、それらの管理は桜花の務めだった。
 まずは朝一番にせっせと掃除したものだ。
 ところがここには社も舞台もない。
 祭事も行われないし、舞いの稽古をするにしては人目につきすぎる。要するに出仕してもやることがないのだ。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み